図書館だより :伊

 

2015年09月07日(月)

9月に入り、日が暮れるのも早くなりました。まだまだ暑いですが、秋らしくとんぼが
飛んでいる姿を良く見掛けます。

今月から“過去の新聞展”を再開しています。10年、20年、30年前の海部・津島
に関する事件や出来事を中日、朝日、毎日、読売の4誌から掲示していますので当館へ
お立ち寄りの際には是非一度ご覧ください。

新聞展を通して過去を振り返ると、この地方のニュースが毎年たくさん載っている事に
気付かされます。展示している記事は、その中から面白そうなニュース、現在とつなが
る人や建物の話題などをピックアップして随時掲示して行きますのでご期待ください。

2、30年前の新聞は今の記事と比べ、個人情報の扱い方が今より大らかなです。
掲載された人物の住所が番地まではっきり載っていて、現在の個人情報の扱い方と全然
違います。その反対に、内容があまり伏せていない分、記事がとてもリアリティのある
文章になっています。また、小さな話題も大きな記事として取り上げている事がたくさん
あり、津島で人気の犬の名前など、大きく取り上げられていた事もありました。 (伊)

 

2015年08月31日(月)

『海部・津島の城跡をめぐる』のお話をもう一回だけさせてください。

6月下旬に展示を開始してから数週間、利用者の方からの反響が幾つかありました。
中でも、「展示の資料について解説があるパンフレットがあれば」という要望は多く、
急遽作成して解説チラシを置かせてもらいました。

また、利用者の方以外にも今回の展示を通していろんな人と関わることができました。
現地へ城跡の写真を撮りに行った時の話ですが、城跡の近所に住んでいる人に運よく、
城についての詳しいお話を聴けた事がありました。こういった現地で起こる予想外の
出来事は何度かあり、私にとっては嬉しい誤算となりました。

今回の群雄割拠の舞台となった海部・津島の城ですが、どちらかと言えば歴史の矢面に
立つことのない「兵(つわもの)どもの夢の跡」ともいえる史跡です。その知らない
歴史が、実は今に名を残す武将たちの礎になっているではないでしょうか。

振り返ってみると、様々な方に助けて頂いて展示にこぎ着けることが出来たと思います。
また、ご迷惑をかけたこともあると思います。何はともあれ、今、こうした形で展示を
する事が出来たことに感謝感激です。ありがとうございました。 (伊)

 

2015年08月17日(月)

現在展示中の『海部・津島の城跡をめぐる』のお話をまた少しだけ。

写真と共に必要になってくるのが城についての解説文です。
今回の一番の大元となっている資料は『海部郡誌』に記されていた城です。蟹江の東隣り、戸田、伏屋、もしくは春田ぐらいまでが海部郡と呼ばれていた頃に書かれた草稿で、その複写を綴じた冊子のうち2冊を参考にしました。

現在展示中の城跡マップは城名が白と赤の紙で分けて貼ってあります。白色が『海部郡誌』に書かれていた城、赤色は本誌に掲載が無く、後で追加した城です。
赤色は石碑があるが記録されていない、もしくは他の城と歴史上、重要な位置関係なので入れておきたいという理由で足したもので、結果27の城となりました。

城名・城主の詳細については郷土資料の市町村史等で調べました。調べている時に悩んだのが、城なのか砦なのか、表記が本によって違う事と城主の名前が微妙に違う事です。「砦」と書いてあればそれは同名の城を指しているのか、人名の場合は、昔の人の書き間違えか、それとも似た名前の武将がもう一人いたのかと、判断に苦しみました。

ですのでパネルの解説文に関しては、多少偏った内容になっており本と差異があるかと思いますがご了承ください。 (伊)

 

2015年08月10日(月)

アイスといえば今年はとてもおいしい市販のアイスが登場した!!!と思っております。
一つは「牧場しぼり 柑橘ジェラード&ミルク」。
もう一つは「爽 スイカ味」。
特に牧場しぼりはすごく美味しくてしばらく毎日食べていました!!
爽のスイカ味も種の部分がラムネでできていて、とてもさっぱりして夏にぴったりだなと思います!
まだ食べてない人は騙されたと思って食べてみてください(笑)
まあ、好みもありますので、どう思うかは個人差がありますけれども・・・。
子どもの頃アイスを手作りしたいな~とよく考えていましたが、プリンすら満足に作ることができない私が、アイスなんてとうてい無理だなと思う今日この頃です。

『ホームメイドアイスバー アイスクリームメーカーなしで流しこむだけ』596.6オ
『冷たいデザートレシピ アイスクリーム*シャーベット*ゼリー*ババロア』596.6ワなどなど(べ)

 

2015年08月03日(月)

先々月から展示している『海部・津島の城跡をめぐる』ですが、今月から少しずつ現地
で撮影してきた写真を追加していく予定です。今回はそのお話を少しだけ。

撮影に現地まで行くのには、まず参考資料から住所を探し出し、地図を確認して目的地
まで行くことになります。○○のコンビニを目印にとか、この交差点まできたら何番目
の角を曲がるとかをあらかじめ憶えておいて、近くの小さな森や寺社を探しながら城跡
を目指していました。

それでも目的の場所にたどり着けなく同じ場所をぐるぐる周る事もあれば、その日はあ
きらめて再度訪れた城跡もあります。
端から見ると滑稽に見えていると思いますが、見つけたときの喜びはひとしおです。 (伊)

 

2015年07月27日(月)

前にも紹介した本ですが、『昭和50年代日本車のすべて 日本の最盛期!すぐそばにいた名車たち保存版記録集』(537.9/シ)を何度か読み返しています。
その中のフェアレディZのページを見て、栄地下街のクリスタル広場にあった「日産名古屋ギャラリー」をふと思い出しました。当時、栄の地下街へ下りると、時間つぶしによく立ち寄ったことを憶えています。

車自体そんなに興味のない私ですが、その新車独特の光沢のあるボディや、レース仕様の車を見てると、いつの間にかスポーツタイプの車に憧れを感じてしまうものでした。
特に重厚なメカニズムの車が大好きで、乗って運転してみたいという気持ちが自然に出てきてしまいます。

その後2013年に閉店が決まり、地方のニュースとして新聞・テレビ等で報道されました。あの展示場が他の人にとっても思い出に残る場所だったという事をあらためて知ったニュースでもありました。 (伊)

 

2015年07月20日(月)

前にも紹介した本ですが、『昭和50年代日本車のすべて 日本の最盛期!すぐそばにいた名車たち保存版記録集』(537.9/シ)を何度か読み返しています。
その中のフェアレディZのページを見て、栄地下街のクリスタル広場にあった「日産名古屋ギャラリー」をふと思い出しました。当時、栄の地下街へ下りると、時間つぶしによく立ち寄ったことを憶えています。

車自体そんなに興味のない私ですが、その新車独特の光沢のあるボディや、レース仕様の車を見てると、いつの間にかスポーツタイプの車に憧れを感じてしまうものでした。
特に重厚なメカニズムの車が大好きで、乗って運転してみたいという気持ちが自然に出てきてしまいます。

その後2013年に閉店が決まり、地方のニュースとして新聞・テレビ等で報道されました。あの展示場が他の人にとっても思い出に残る場所だったという事をあらためて知ったニュースでもありました。 (伊)

 

2015年07月06日(月)

先月、近鉄線の駅で手に取った広報誌に、後藤又兵衛についての人物像を紹介した記事を見つけました。文章を書いたのは、『黒牛と妖怪』(913/カ/)等で知られる風野真知雄氏です。

後藤又兵衛と言えば中日新聞で、又兵衛と松坂屋創業者の子孫の方々が四百回忌法要をしたという記事が載っていました。
ちょうど今年は大坂の陣から四百年。夏の陣で戦死した又兵衛は、豊臣方で真田幸村と並ぶ有名な武将でした。

豪傑なイメージが強く、時代劇に登場すると、荒々しい出で立ちで直情的性格の人物ですが、昨年の「軍師官兵衛」では実直な青年像になっていました。
時代とともに又兵衛の評価や人物像が少しずつ変わってきているのかも知れません。 (伊)

 

2015年06月22日(月)

『倭城を歩く』(210.4/ワ)という本を先日読みました。
朝鮮出兵の際(文禄・慶長の役)に築かれた朝鮮半島の城跡の数々が紹介されており、
加藤清正を始め、多くの武将が見知らぬ土地で石垣のある立派な城を作り上げていた
ことに驚きです。

豊臣秀吉の命により築かれたお城は未だに謎がいっぱいで、年代順に大坂城、聚楽邸、
肥前名護屋城、伏見城と数多くありますが、当時のままの建物を残しているものは移築
されたもの以外ほとんどありません。

現在の大坂城は、天守が秀吉の頃を再現し、石垣は徳川幕府が建てなおした時に造られ
たもので、豊臣時代の石垣は地中深く眠っているそうです。
最近のニュースでは、伏見城跡から秀吉が居城していた時に使われていた金箔瓦が出土
したとして話題になりました。

徳川幕府でされ消すことの出来なかった豊臣政権の名残は、どれだけ今後見つかるので
しょうか楽しみです。 (伊)

 

2015年06月08日(月)

『昭和50年代日本車のすべて』(537.9/シ)という本を読みました。
読んでみると、70後半から80年代の車は角張った車種が多いですね。
特に80年代はサンルーフ付きのタイプが特徴的です。

当時の自動車は頻繁にテレビやラジオでCMが流れていたので名前だけは結構憶えて
います。「ギャランΣ(シグマ)」とか「ビスタ」とか。
特にアクション系の刑事ドラマで活躍した「スカイライン」は、赤と黒のカラーリング
に両ドア下部の白い(もしくは金色の)文字がカッコ良くて大好きでした。

その中でも特に印象に残っているのが「CITY」です。マッドネスによるテンポの
いいCM曲と、「モトコンポ」というコンパクトなバイクが搭載されている紹介が当時
面白いと思って見ていた記憶あります。
今はもう当時憧れの車は、ほとんど見なくなってしまったので寂しい限りです。(伊)

 

2015年05月25日(月)

先日、岐阜県の墨俣一夜城に行ってきました。豊臣秀吉がまだ藤吉郎と呼ばれていた頃、
普請を任され初めて城を持ったお城で、蜂須賀小六が築城に貢献をした事や、書き割りを
使って敵にあたかも一日でお城を築いたように見せかけた話が有名です。

5階立ての模擬天守からは岐阜城の金華山がぼんやりとですが望むことができました。
当時ならもっと空気が澄んで、くっきりと互いの城が見えた事だと思います。特に
斎藤側にとっては敵に侵略されている分、かなりの脅威になっていたと思います。

実際は「城」と言うより、幾つかの小屋で構成された広い「砦」や「要塞」であったと
言われています。現在ある天守閣は平成に復元されたもともと実在しない建物です。

子供の頃に行った記憶では、石碑だけのひっそりとした川の中州の城跡でした。当時は
歴史漫画を読んだ後に連れて行ってもらったので、一夜で城を築いたとかそういった
伝説を頭の中で膨らましながら城跡を散策したのを憶えています。

せっかくなので久しぶりに『豊臣秀吉 天下の統一』(K/289/ト)を書棚から出して
読みなおそうと思います。 (伊)

 

2015年05月18日(月)

私事ですが、・・・というか、この図書館だより、私事しか書いておりませんが、先週体調を崩し、病人と化しておりました。
そういえば、先週の図書館だよりに、「体調をくずしております」と書いたちょうどその日の出来事でしたね!
気をつけねばと言った矢先に倒れるとは・・・・さすが私です。
まあ、すっかりとは言いませんが元気を取り戻したのでいいのですが、こわいのはここからです。
先日ちょっと占いをしたんですけど、その結果が「2015年、たまっていた疲れが一気に出る年です」みたいなことが書いてあったのです!!
あ、当たっている!!(べ)

 

2015年05月11日(月)

先週テレビで、コーヒーを日常的に飲む人は飲まない人に比べて死亡リスクが低いと
いう研究結果のニュースがやっていました。『おいしい珈琲のある生活』(596.7/ホ)
といった数多くのコーヒーにまつわる本がある様に、私たちの日常でコーヒーは、
緑茶と同じくらい欠かせない飲み物になりました。

コーヒーと言えば、最近はコンビニのコーヒーが人気です。先日あるコンビニに立ち寄っ
た際、挽いた後のコーヒーかすを、ご自由にお持ちくださいとレジの片隅にコーナーが
設けてありました。畑の肥料や、靴の脱臭剤として使えるらしく、ちょっと珍しいサー
ビスにコンビニコーヒーの人気を実感しました。

昨年からどこのコンビニでも低価格のオリジナルコーヒーが販売されるようになり、熾烈
な争いになっているもようです。100円から挽きたてが飲める手頃さと、自販機と違って
年中ホットが飲める所が良いですね。
でもコーヒーはちょっと控えたいと思う日もあるので、出来れば紅茶もやってほしいです。
 (伊)

 

2015年04月27日(月)

先週のニュースで、ペットボトルのキャップで集めた寄付金をワクチンの費用に充てて
いなかった問題について特集されていました。そこで初めて知ったのが、キャップが
どういう仕組みで寄付金になるのかという事でした。

『環境とリサイクル』①(K/518/ホ/1)や『しらべようリサイクル』③(K/518/ナ/3)
では、ペットボトルがどうリサイクルされるかは詳しく書いてあります。ですが、お金
の流れはあまり触れていないので謎が大きかったです。小学校のころよく集めていた
ベルマークくらい不思議な存在でした。

朝の朝礼で、ベルマークでサッカーボール等の備品を買いましたという報告がよくあり
ましたが、何で買えるんだろうという疑問だけは残っていました。回収することは分か
っていても、それがお金に結びつくまでの過程が省かれているのは年齢関係なく知りた
い所ですね。 (伊)

 

2014年04月13日(月)

『おいしい珈琲の事典』(596.7/オ)などコーヒーの本はたくさんありますが、特にこだわりはないので私はもっぱら缶コーヒーです。朝、出勤途中でよく缶コーヒーを買って飲むのですが、久しぶりに当たりが出ました。

最近よく見る同じ数が揃うと当たりになる自販機で、好きな飲み物が選べます。ですがペットボトルの様な一番高い飲み物は選ばせてもらえない様になっており、その辺はちゃっかりとした設定になっています。

一時期、週に1~2回は必ず当たりが出ていた時がありました。最初はラッキーだなと喜んでいたのですが、そのあまりの高確率にだんだんとこの自販機大丈夫なのかと、逆に心配になってくる程でした。その後、消費税が上がってからはぱったりと当たりが無くなりましたが、あまりの極端さに世知辛さを感じずにいられません。

こういった当たりの確率は、業者のさじ加減なのか、タイミングの問題なのかよく分かりませんね。 (伊)

 

2015年03月30日(月)

『日本の名城』(521.8/サ)等で有名なお城、姫路城。先週の金曜日、大修復が完了して
城内上空から天守に向かって行列ができている様子がニュースになっていました。日本の
代表的な観光スポットだけに、海外からの団体客もきっと多いことでしょう。

そんな外国人観光客がよく持ち歩いて有名になっているのがスマートフォンで使うカメラ
用アイテム“自撮り棒”です。別名、セルフカメラの意味で“セルカ棒”とも言うそう
ですが、昨年から日本の各観光地で持ち歩いている団体が多く見られるようになりました。
電器店でも数種類の自撮り棒が売られていて人気急上昇ですが、最近になって観光地で
自撮り棒の使用禁止、もしくは持込禁止の所が出てきているようです。

有名な場所ですと、アメリカのスミソニアン博物館、フランスではベルサイユ宮殿が早速
禁止になったそうです。日本でも新幹線開通で話題の金沢駅が禁止になっています。
用途がカメラとは言え、棒なので人や展示物に当たると危険であると言うのが主な理由
ですが、特に駅の場合ですと、大きな事故につながる可能性が高そうです。

日本ではまだ禁止になっている施設が少ないので、今後は増えてきそうな予感がします。 (伊)

 

2015年03月16日(月)

先週の土曜日、東京駅と北陸を結ぶ新幹線が開通したというニュースを見ました。
その最初の乗車券が瞬時に完売した事や、金沢まで約2時間半で行くことができる事
など話題が尽きません。

完売と言えば、1月「東京駅開業100周年記念Suica」の限定販売があり、欲しい
お客さんが東京駅に集中して、パニックなったと言うニュースがありました。その後
ネットやはがきで購入できるようにしたそうですが、締め切り後500万枚近く購入
希望があったそうです。

私もテレビでニュースになって初めて知った口ですが、ああ言ったニュースを見ると
欲しくなってしまうのは確かです。
東京駅は『東京駅100周年東京駅100見聞録』(686.5/サ)を始め、数々の関連本が
出ており、しばらく東京駅の盛り上がりは続きそうです。 (伊)

 

2015年03月02日(月)

ある日のこと、部屋の掃除をしていたら懐かしい物が出てきました。ファミコンの本体
とそのカセットです。ファミコンと言えば、新着本で『任天堂コンプリートガイド』(589.7/
ヤ)という本が出ていますが、1983年に発売されて今年でもう32年の歳月が経過して
いるそうです。

最初親戚の家でファミコンの存在を目の当たりにしたとき、テレビに向かって遊んでいる
姿を後ろから見ていて「すごい、テレビの中の人間(キャラクター)を操作してる!」
と純粋に感動した憶えがあります。また、その後に親が買ってくれるとは思ってもいな
かったので当時かなりうれしかったせいか、その月日を未だに記憶していたりもします。

買ってもらった当初はとても大事に扱っていて、終わったら箱にコードと一緒にきちんと
閉まっていましが、いつの間にかゲーム禁止になり押入れの奥にしまわれてしまいました。
もう今となってはテレビにファミコンをつなげる事もできないのですが、手元に残ってい
る「スーパーマリオ」と「四人打ち麻雀」をみていると当時を思い出します。

昔はゲームなんて、こんな面白い物一生飽きる事なんてないだろうと思っていましたが、
歳を重ねると自然と遊ばなくなってしまうものなんですね。 (伊)

 

2015年01月19日(月)

新年早々すいません。5日の図書館だよりを忘れていました。
自分が油断していたことを深く反省するとともにお詫びします。

油断と言えば、ある新聞にカイロや湯たんぽによる低温やけどに注意、という内容の記事がありました。実は私も湯たんぽで低温やけどをしたことが過去にあります。

ふとんの足元あたりに湯たんぽを忍ばせて、1、2時間眠った頃でした。足が痛いという感覚にみまわれて目が覚ますと、甲の部分が数センチ軽く変色した状態になっていました。その時は痛みも軽く自然治癒に任せていたのですが、時間が経つにつれ痛みが増し、傷口が塞がない状態で2、3日痛みが続いたのを憶えています。

その後湯たんぽに厚手の布をぐるぐる巻きにして対応していたのですが、次の冬にはすっかり忘れてしまい、また反対の足に同じ大きさのやけどをしてしまいました。
その油断の跡とも言えるやけどの痣は今でもうっすらと足に残っています。

『キズ・ヤケドは消毒してはいけない』(494.3/ナ)に掲載されている様な適切な処置を少しでもやっておけばよかったなと、今になって思います。まだまだ寒い日は続きますが、皆さんもやけどにはくれぐれも注意してください。  (伊)