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システムメンテナンスにともなうWebOPAC停止のお知らせ

1月21日(月)22:00~24:00の間、システムメンテナンスによりWebOPAC(資料検索、貸出・予約状況の確認、マイ本棚など)がご利用いただけません。

ご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いいたします。

「杉本健吉、津島を描く。」

企画展示「杉本健吉、津島を描く。」全景

2019年で、杉本健吉が98歳で亡くなってから15年となります。
このたび「本物の杉本健吉の絵を多くの方に観て頂きたい」と、所蔵している方より作品2点をお借りして「杉本健吉、津島を描く。」を開催する運びとなりました。

今回の展示にあたり、杉本美術館には作品画像の提供をはじめ、多くのご協力を頂きました。あらためてお礼申し上げます。

この展示は、2月末まで展開予定です。

津島を描いた画家・杉本健吉

杉本健吉さん

1905(明治38)年9月20日、名古屋市矢場町に生まれる。
父は人形浄瑠璃三味線師匠の杉本銀次郎。津島・名古屋・大垣・笹島と転校を重ね、津島第一尋常小学校(現在の津島市立南小学校)を卒業。愛知県立工業学校図案科を卒業後、図案家として鉄道会社のポスターなど商業デザインの仕事を手掛けた。
1925年、京都で岸田劉生の門下となり、翌年に「花」で春陽会初入選、1928年に津島町公会堂(橋詰町)で初個展を開催。1949年、東大寺観音院住職・上司海雲師の知遇を受け、奈良の風物を描いたことから“奈良の杉本”と評される。
1950年から週刊誌に連載された吉川英治作『新・平家物語』で挿絵を担当し、高い評価を受けた。
2004年2月10日、98歳で死去。今年、2019年は没後15年にあたる。

さて、杉本画伯は「リュック背負って、イーゼルを提げて」というスタイルで名古屋市瑞穂区の自宅から電車を乗り継ぎ、しばしば津島へスケッチに訪れていたそうです。
杉本画伯が描いたのは、天王川公園、津島神社、そして天王祭と、私たちにとって身近な、そして大切なものばかり。「第二の故郷は津島」と自ら語っていた杉本画伯が津島を描いた作品を幾つかご紹介します。

「津島天王祭」

「津島天王祭」1961年 キャンバス、油彩

「津島天王祭」

「津島神社社頭」製作年不詳 油、板

「津島天王川」

「津島天王川」1998年 紙、水彩

「津島天王祭」

「津島天王祭」1999年 紙、水彩

杉本健吉、もうひとつの“仕事”

今年で没後15年――「杉本健吉」の名前を知らない世代も多いかと思います。しかし、この地域に住む人なら、今も必ず杉本健吉作品を目にしているはず。

「見たことない」とは言わせません!“グラフィックデザイナー・杉本健吉”の作品をまとめて紹介します。

「青柳ういろう」ロゴマーク

名古屋のお土産といえば、「青柳ういろう」

「名古屋市営地下鉄」シンボルマーク

名古屋市営地下鉄のシンボルマーク

「名鉄タクシー」の車両

名鉄タクシーの車両

名鉄電車の車両の赤色「スカーレットレッド」

名鉄電車の車両の赤色「スカーレットレッド」

名鉄百貨店の旧ロゴ

名鉄百貨店の旧ロゴ
(2014年、開業60周年記念で復活していました)

杉本画伯が残した作品は、今も私たちの身近な場所で生き続けています。

ちなみに、このような「図案家」としての仕事は杉本画伯にとって“経済的な基盤”となったそうです。

「津島第一尋常小学校・卒業制作」について

「津島第一尋常小学校・卒業制作」

1918(大正7)年、杉本健吉13才の作品を少し解説してみましょう。

1.書を読む。

「津島第一尋常小学校・卒業制作」書

書には、明治天皇が日露戦争の開戦時に詠んだ御歌が書かれています。

国を思ふ 道にふたつは なかりけり 軍(いくさ)の庭に 立つも立ゝぬも

その意味は、「戦場に出て働くのも、国内に居て働くのも、国を思う道に何の変わりもない。めいめいがその職分を尽くすことが、忠節となるのである」というものです。

2.絵を観る。

杉本少年が描いた頃の「津島神社」の写真をご紹介します。
作品と写真を並べてみると、松や社殿など、特徴をとらえて描かれていることが伝わるかと思います。

13才の杉本画伯が描いた「津島神社」

13才の杉本画伯が描いた「津島神社」

1913(大正2)年・津島神社

1913(大正2)年・津島神社

明治後期・津島神社正殿前

明治後期・津島神社正殿前

津島第一尋常小学校

1.津島第一尋常小学校について

津島第一尋常小学校・校舎

津島第一尋常小学校・校舎

写真の校舎は1895(明治28)年に今市場町に竣工したもの。
1500円の建築費(その年の津島町歳入は約3300円)をかけた立派な校舎で、各地を巡察していた文部省次官から「日本一の小学校なり」と称賛を受けたというエピソードが残っています。

当時、津島第一尋常小学校は今市場町にありました。現在、南小のある常磐町へ移転したのは昭和13年のこと。日中戦争の只中での移転でした。

津島町地図(明治末~大正)

津島町地図(明治末~大正)

2.思い出を語る

さて、杉本画伯が小学校を卒業してから80年以上の時が流れ……
2000(平成12)年11月3日、津島市立図書館の開館記念事業として、母校・南小学校の体育館でトークショーを開催。市民ら約500人を前に「私の津島」と題して、小島廣次さんとの対談を披露しました。

津島市立図書館開館記念式典での杉本氏

御年95才の杉本画伯は小学校時代の思い出をこんな言葉で語っています。

昔、よく(絵の)張り出しをされて、それが嬉しくてね。子どもの時に張り出しをしてくれるのはねぇ、いいものだよ。 だから褒めなきゃだめだよ

「天王川公園」を歩く。

「天王川公園」

「天王川公園」は1933(昭和8)年、杉本健吉28才の作品です。
杉本画伯も歩いた懐かしい「天王川公園」。少し散歩してみましょうか。

天王川公園猿尾と北堤(明治後期)

天王川公園猿尾と北堤(明治後期)

杉本画伯が、少年時代に目にした風景に近い頃の写真がこちら。
明治時代の天王川は「公園」というイメージから程遠い風景ですが、それは当然!「天王川公園」は1920(大正9)年に開設。来年2020年に100周年を迎えます。

1921(大正10)年頃の津島天王川畔の桜
1921(大正10)年頃の津島天王川畔の桜

1921(大正10)年頃の津島天王川畔の桜

「天王川公園」が描かれた頃の写真。
こちらは現在の風景に近いでしょうか?

津島町切図(天王川公園付近)・ 1936(昭和11)年

津島町切図(天王川公園付近) 1936(昭和11)年

1936(昭和11)年の地図には、今はなき「町営運動場」や「動物舎」の名が!!
ちなみに「片岡春吉翁像」はこの年に建設されたものですが、1943(昭和18)年「金属類改修令」により接収。現在の像が再建されたのは1953(昭和28)年のことです。

2000年11月22日の中日新聞夕刊

こちらは2000年11月22日の中日新聞夕刊。天王川公園のクロマツが、松くい虫によって危機に瀕していることを紹介する内容が掲載されています。
この記事の中で杉本画伯は「手を尽くして枯れることは仕方ないが、手をこまねいていて枯れたら無念。」とコメントを寄せています。この時、杉本画伯は95才。「天王川公園」への熱い思いが伝わってきますね。

「画家」として生きる。

先程の地図を見ると、天王川公園北岸には、杉本画伯が人生初の個展を開催した「津島町公会堂」が確認できます。杉本画伯が人生で初めての個展を開催する場所は「天王川公園」の近くである“必然”がありました。

話は少年時代に遡ります。以下は、杉本画伯の評伝からの抜粋です。

『生きることは描くこと』書影

杉本は、小学校の帰り道や住まいの近くの風景を題材によくスケッチに出かけた。その折、津島中学校(旧制)の出身で、東京美術学校卒業後、文展や光風会で活躍していた洋画家の加藤静児の姿を度々見かけたという。ある時、スケッチで一緒になった加藤に思い切って画家になりたい思いを告げて助言を求めた。加藤からは「絵は趣味でやり、生活を支える職業は図案家として勉強しなさい」という言葉が返ってきた。それは画家を夢見る少年にとって予想もしない言葉であったと思われる。

『生きることは描くこと 杉本健吉評伝』木本文平/著 より

加藤静児氏の“助言”が、杉本少年の心にどの程度の重みを与えたかは分かりませんが、この後、愛知県立工業学校図案科に進学。図案家として順調に歩み始めます。
しかし、1923(大正12)年、洋画家の岸田劉生と出会い、その2年後に20才で入門。
“太陽を見るような感じがしました”と後に語った岸田劉生との出会いをきっかけに、「画家」として生きることを決意します。

「津島千本松原」1917年 油絵・板

「津島千本松原」1917年 油絵・板

「津島千本松原」は、小学校時代の作品です。加藤静児氏に出会ったのもこの頃でしょうか?
ハガキの1.5倍ほどの小さな作品ですが、油絵の特質である色を何層も重ねる画法が用いられていて、小学生の手によるものとは思えない出来栄えです。こちらは、現在も美浜町にある杉本美術館に所蔵されています。

1928(昭和3)年、23才になった青年・杉本健吉は人生初の個展を開催します。会場となった津島町公会堂の眼下には、少年時代に通った天王川公園が広がっていました。
ちなみに、この建物の1階は1935年に図書館となります。

津島町公会堂 外観

津島町公会堂(橋詰町)

「1月の本」

新しい年の始まりです。「1月に関する本」を集めました

「1月の本」コーナーの掲示と本
「1月の本」コーナーの本
「1月の本」コーナー

現在コーナー7では、1月に関する本を集めた「1月の本」を展開しています。
今後、毎月ごと季節に合った本を紹介していく予定です。

  • 駅伝

    毎年1月2日から3日にかけて「箱根駅伝」が行われます。「箱根駅伝」が誕生したのは1920(大正9)年。つまり、来年2020年には「箱根駅伝」100周年を迎えることとなります。99年目の今年、一本の襷(たすき)がどんなドラマを紡ぐのか、楽しみですね。「走る」がテーマの小説やエッセイもあわせてご紹介します。

  • 新しい年になって、はじめて見る夢を「初夢」といいます。「一富士、二鷹、三茄子」という言葉があり、どれかが初夢に出てくると縁起がいいといわれています。皆さんは今年、どんな「初夢」を見ましたか?「夜に見る夢」とともに、「昼に見る夢」の本もご紹介します。今年も、夢いっぱいの一年となりますように。

  • ジャズ

    1月22日は「ジャズの日」です。1月を英語で書くと「January」であり、この頭文字の「Ja」そして、「zz」が「22」に似ていることからジャズクラブのオーナーらが制定しました。
    原則として、ジャズの演奏はコード進行を大まかに決めるだけで、それ以外は全てアドリブです。そんな自由な精神がジャズの最大の魅力といえそうです。

  • 野菜

    「1」を「アイ=愛」、「31」を「サイ=菜」と読む語呂合わせから、1月31日は「愛菜(あいさい)の日」とされています。野菜の摂取量が少なくなりがちな冬に野菜をもっと食べてほしいという願いから、食品会社が制定しました。
    1月は、冬野菜が美味しい季節です。たくさん野菜を食べて、元気な冬を過ごしましょう。

  • ロケット

    1959(昭和34)年1月2日、当時のソビエト連邦が世界初の月ロケット「ルナ1号」の打ち上げに成功。月から6500㎞の所を通過して月面を観測した後、太陽の周囲を廻る軌道に入り、初の人工衛星となりました。
    今年はロケット打ち上げから60年。時には夜空を見上げて、宇宙に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

  • 冷えとり

    2019年の大寒は1月20日です。一年で最も寒くなる大寒ですが、“寒仕込み”といって、寒天や酒、味噌などを仕込むには最も良い時期とされています。私たち人間も、冬はたくさん本を読んで “寒仕込み”の季節にしてみませんか?
    そのためには風邪をひかないようにしないといけません!身体が温まる本をご紹介しますね。

  • 上杉謙信

    1567年1月11日、今川氏と北条氏により塩が入らないよう「塩留め」をされていた武田信玄の領地・信濃に、越後の上杉謙信から送られた塩が届きました。上杉謙信は武田信玄のライバルでしたが、領民の苦しみを見過ごせなかったのです。
    このことは「敵に塩を送る」という言葉の語源となっています。

  • 1月6日は、「い(1)ろ(6)」の語呂合わせで「色の日」です。
    私たちの周りには多くの色があり、一人一人に好きな色があるのではないでしょうか。好みや考え方は人によって異なることを意味する「十人十色(じゅうにんといろ)」という言葉には、「色」という言葉の持つ深い意味が込められているようにも思います。

「能狂言面展」

能の面は、尾張津島天王祭の朝祭りでも使われるなど、古くから親しまれています。
今回は神島田面打会の協力のもと、狂言やお祭りで使われる面を展示し、あわせて面の作成行程や道具も紹介します。この機会に面の魅力や能・狂言の世界をご堪能ください。

  • 展示は前後期の二期制となります。
    前期:12月5日(水)~1月20日(日)
    後期:1月21日(月)~2月25日(月)
  • 前期・後期で全面の入れ替えを行います。


「言ノ葉ヲ聴ク。- 追悼2018 -」

コーナー8「言ノ葉ヲ聴ク。― 追悼2018 ―」コーナー
コーナー8「言ノ葉ヲ聴ク。― 追悼2018 ―」コーナー掲示と本
コーナー8「言ノ葉ヲ聴ク。― 追悼2018 ―」コーナー本棚

2018年も間もなく終わりです。今年も多くの方との別れがありました。遺された言葉に耳を澄ましてみましょう。
さようなら、そして有難う。

  • たかしよいちさん

    児童文学作家・恐竜の絵本が人気(1月7日逝去)

  • 森山 京さん

    児童文学作家・『きいろいばけつ』など(1月7日逝去)

  • ル=グウィン

    作家・『ゲド戦記』が世界的な人気(1月22日逝去)

  • 野中広務さん

    政治家・官房長官などを歴任(1月26日逝去)

  • 加藤 廣さん

    作家・『信長の棺』などが話題に(4月7日逝去)

  • 衣笠祥雄さん

    プロ野球選手・2215試合連続出場を記録(4月23日逝去)

  • 竹本住太夫さん

    人形浄瑠璃文楽大夫・人間国宝(4月28日逝去)

  • 古川 薫さん

    作家・『漂泊者のアリア』で直木賞(5月5日逝去)

  • 津本 陽さん

    作家・代表作『下天は夢か』など(5月26日逝去)

  • 辰巳 渚さん

    『「捨てる!」技術』がベストセラー(6月26日逝去)

  • 桂 歌丸さん

    落語家・TV番組「笑点」でも活躍(7月2日逝去)

  • ウスペンスキー

    「チェブラーシカ」シリーズ作者(8月14日逝去)

  • 大塚勇三さん

    児童文学作家・『スーホの白い馬』など(8月18日逝去)

  • 樹木希林さん

    個性派女優としてTVや映画で活躍(9月15日逝去)

  • 下村 脩さん

    2008年にノーベル化学賞受賞(10月19日逝去)

「12月の本」

そろそろ今年も終わりです。「12月に関する本」を集めました

「12月の本」コーナーの掲示と本
「12月の本」コーナーの本
「12月の本」コーナー
  • お正月準備

    12月は締めくくりの月。新しい年を迎えるための準備をする月です。昔から12月13日を「正月事始め」といい、正月準備を始める日とされています。新しい年を「迎える」と表現するのは、元旦に歳神様を家にお迎えするからです。何かと気忙しい年の暮れですが、楽しくお正月準備をするための本をご紹介します。

  • クリスマス

    12月が近づくと、街中がキラキラとクリスマスの装飾で飾られます。クリスマスは世界中で行われるお祭りですが、日本でクリスマスを祝うようになったのは明治時代以降のこと。日本では、クリスマスの楽しみ方が時代の流れと共に移り変わっており、最近では家族や友人と自宅で楽しむのが人気となっているそうです。

  • 奇術

    「よーく見てください、1(ワン)2(ツー)3(スリー)、はい消えました!」という奇術の定番の掛け声から、日本奇術師協会が12月3日を「奇術(マジック)の日」と制定しました。
    奇術には長い歴史があり、古代エジプトの壁画にも「カップ&ボール」という定番手品を披露する姿が描かれているそうです。

  • 漢字

    12月12日は「漢字の日」です。1(いい)2(じ)1(いち)2(じ)「いい字一字」の語呂合わせを日付の由来として、日本漢字能力検定協会が制定しました。また、この日は京都の清水寺で「今年の漢字」の発表と奉納が行われることでも知られています。
    さて、今年はどんな漢字となるでしょうか?

  • 忠臣蔵

    1702(元禄15)年12月14日は、赤穂浪士が討ち入りをした日です。
    年末の時代劇といえば「忠臣蔵」が定番ですが、「大石内蔵助」や「吉良上野介」、「浅野内匠頭」といった名前を知らない若い方も多いかと思います。多くの芝居や小説となっている「忠臣蔵」。長く日本人に愛される物語に触れてみませんか?

  • 平成

    現在の天皇陛下(昭仁さま)は来年4月30日に退位されることになっているため、12月23日が天皇誕生日となるのは今年が最後です。
    来年は皇太子徳仁さまが天皇として即位されるため、天皇誕生日も変更となります。皇太子徳仁さまの誕生日は2月23日。よって、2019年は天皇誕生日が存在しない一年となります。ビックリ!

  • 映画

    1896(明治29)年12月1日は、神戸市において日本で初めて映画が一般公開された日です。映画といってもスクリーンに映写されるタイプではなく、エジソンが発明した一人ずつ覗き込む「キネトスコープ」と呼ばれるものでした。現在、この日は「映画の日」として、入場料割引サービスやイベント等が行われています。

  • デパート

    12月20日は「デパート開業の日」です。1904(明治37)年のこの日、東京・日本橋の三越呉服店が日本初のデパート形式での営業を開始しました。実際の営業開始日は21日でしたが、顧客に開業を告知した「デパートメントストア宣言」という文書を送付したのが20日だったので、この日を記念日としたそうです。

「『町のけんきゅう』を研究する。」

『町のけんきゅう』 に登場する津島

『町のけんきゅう』表紙

『町のけんきゅう』 とは?

2000年に福音館書店から出版された児童書『町のけんきゅう』は、1974~99年にかけての人々の暮らしや風俗を観察・採集し、ありのままを記録した「考現学採集」をもとにした本です。

『町のけんきゅう』の絵を担当されたのは、津島市出身の画家で絵本作家の伊藤秀男さん。ページをめくると、少し懐かしい津島の風景がたくさん登場します。皆さんも、本の中の「津島」を一緒に探してみませんか?

昭和38年(1963)年の津島市産業観光案内図

昭和38年(1963)年の津島市産業観光案内図

  1. 津島駅
  2. 喫茶ボン
  3. 道具・戎利
  4. 山内カメラ・とうふの豆芳桔梗屋
  5. 津島神社参道石碑カネ長
  6. 玉川屋
  7. 江崎屋商店
  8. 蔵の道
  9. 割田屋酒造

表紙

『町のけんきゅう』表紙

昭和53年の住宅地図を覗くと……

昭和53年・津島駅周辺の住宅地図

  • 津島駅
  • 喫茶ボン

津島駅

作中で描かれているのは、昭和6(1931)年に新築されたモダンな津島駅舎。
昭和43(1968)年に津島駅が高架化されるまで、津島の表玄関でした。

津島駅

津島駅だ!

津島駅と名鉄バス

津島駅、名鉄バス(昭和34年)

駅前通りから見る津島駅舎

駅前通りから見る津島駅舎(昭和40年頃)

喫茶ボン

残念ながら「喫茶ボン」の写真は見つからなかったので、昭和60年11月9日の讀賣新聞に掲載された「ハーキュリーズ通り」を特集した記事を紹介します。

『町のけんきゅう』で描かれた喫茶ボン

看板に「ボン」って書いてあるよ。描かれているのは「喫茶ボン」だね!

「ハーキュリーズ通り」の特集記事

P.2~3

『町のけんきゅう』P.2~3

昭和53年の住宅地図を覗くと……

昭和53年の住宅地図

  • 道具・戎利
  • とうふの豆芳
  • 山内カメラ
  • 桔梗屋

道具・戎利

「道具・戎利」は現在も営業中です。
残念ながら当時の写真は見つからなかったので、現在の写真を紹介します。


「戎利」って書いてあるよ

現在の「道具・戎利」

現在の「道具・戎利」

「道具・戎利」の看板

当時の面影をとどめているね!

とうふの豆芳山内カメラ

残念ながらこちらの2店も当時の写真は見つかりませんでしたので、地図のみのご紹介となります。

「とうふの豆芳」の看板
「とうふの豆芳」の看板

「山内カメラ」
「山内カメラ」

桔梗屋

桔梗屋は現在も営業中です。
明治38(1905)年の広告と、現在の写真をご紹介します。

『町のけんきゅう』の桔梗屋

「桔梗屋」だ!

現在の桔梗屋

現在の桔梗屋

桔梗屋広告(明治38年)

明治38年・桔梗屋広告

P.4~5

『町のけんきゅう』P.4~5

昭和53年の住宅地図を覗くと……

  • 津島神社参道石碑
  • 玉川屋

津島神社参道石碑

当時の活気が伝わる石碑前の写真と、現在の石碑前。石碑は昔から変わりませんが、撮影時に人影はありませんでした。


「参道」って読めるかな?

参道石碑(昭和51年頃)

現在の参道石碑

玉川屋

ショーケースにもご注目

「玉川屋」の写真は残念ながら見つからなかったので、平成元年10月2日の朝日新聞に掲載された記事を紹介します。


“重箱うどん”って書いてある!


「玉川屋」の暖簾だよ

お店の壁にはサイン色紙がいっぱい!

“重箱うどん”、深堀り!

「今吉」の“重箱うどん”

“重箱うどん”は、江戸中期からこの地に伝わる漆塗りの重箱に入った具だくさんの手打ちうどんです。うどんの上には、だし巻・湯葉・エビ・地鶏・椎茸・ホウレン草などの具がたっぷり乗ります。
作品に登場する「玉川屋」や「水鶏庵」が重箱うどんの伝統を守っていましたが、残念ながらどちらも廃業。現在は「今吉(いまきち)」で味わうことが出来ます。

俗謡「大津江節(おおつえぶし)」では次のように謡われました。

♪ 津島名物 数々あれど くつわに蓮根 重箱うどん

ちなみに津島出身の画家・杉本健吉さんも重箱うどんがお気に入りだったようで、2000(平成12)年に講演のために招かれた際には「久しぶりに重箱うどんでもいただこうかな」と快諾した、という微笑ましいエピソードが残っています。

P.10

昭和53年の住宅地図を覗くと……

江崎屋商店

「江崎屋商店」の写真は見つかりませんでしたが、とてもオシャレな広告や商標を紹介します。

「江崎屋商店」の看板だね!

明治45年・江崎屋商店商標

明治38年・江崎屋広告

昭和12年・江崎屋商標

明治45年・江崎屋商店商標

明治中期・引き札(木版広告)

昭和12年・江崎屋商標

P.12

蔵の道

小之座通りは、「蔵並み」が見えることから「蔵の道」とも呼ばれています。
蔵の石垣には「打ち出の小槌」などの縁起物を模した石がさりげなく配置されており、当時の職人の遊び心を感じます。

『町のけんきゅう』P.12

昭和53年の住宅地図では

昭和53年の住宅地図

このあたりが「蔵の道」です


打ち出の小槌、わかるかな?

蔵の道(昭和40年代)

現在の蔵の道

絵とそっくりな「打ち出の小槌」

ちょっと寄り道……

“新鯛”を探せ。

良い水や良い米に恵まれた水郷地帯という地の利に津島神社信仰が相まって、津島は古くから酒造りが盛んなまちでした。

江崎屋商店に並んでいる酒瓶にご注目

“新鯛”の酒瓶

蔵の道に描かれているお店にもご注目

“新鯛”の看板

割田屋酒造と新鯛

筏場町にあった「割田屋酒造」は、天保元(1830)年創業の老舗造り酒屋。
“新鯛”、“超然”の銘柄は人気が高く、多くの人に愛されていました。

割田屋酒造(平成4年)

割田屋酒造商標(大正2年)

津島神社ではスサノオノミコトの八頭大蛇の故事に因み、朝祭の5日前に一夜酒が造られます。
夏季の災いを祓除けるとの信仰がある一夜酒を拝受しようと翌日早朝には多くの人が並びます。

一夜酒に並ぶ行列!

P.16

海部牛乳

明治期に創業された津島市の牛乳メーカー・海部牛乳。佐脇養生社、海部畜産興業、海部牛乳と社名を変えましたが、平成13(2001)年に廃業しました。

昭和53年の住宅地図では

海部牛乳はここ!(昭和61年)
『空から見た尾張・愛知県航空写真集』より

箱に「海部牛乳」と書いてあるよ。

絵とそっくりな海部牛乳の牛乳箱

海部牛乳の瓶蓋

P.22

カネ長

津島神社参宮石碑のすぐ前にあった川魚専門店「カネ長」。
障子戸のある木造二階建ての店をご記憶の方も多いはずです。在りし日の写真をご紹介します。

生け簀には川魚がいっぱい!
魚屋といえば「カネ長」かな?

昭和53年の住宅地図では……


カネ長(平成4年頃)

“川魚文化”を知ろう

カネ長の店頭にご注目

もろこ
もろこだ!

鯰のかば焼きが名物の朝日屋

かつて津島には川魚店がいくつもあり、フナ・コイ・ナマズ・ウナギ・モロコなどが生きたまま売られていました。この地方一帯は、木曽川の下流できれいな水が網の目のように流れていたので、色々な川魚が捕れました。もろこ寿司、鯰の蒲焼、鮒味噌などの川魚料理を召し上がったことのある方も多いはずです。

もろこ寿司

鯰の蒲焼

朝日屋商標(昭和12年)

津島市出身の詩人・金子光晴は「鯰の味」と題したエッセイを著しています。

僕は、津島のことを人にきいて、だいたいを知ったところによれば、たいへんな泥ぶかいところで、鯰や、うなぎや、鰌や、にょろにょろ、ぬらぬらしたものがいっぱいいるところのようで、ちょっと、行ってみたいという気にはならず、半世紀が経ってしまった。鯰への原郷愁か。
(中略)
半世紀ぶりで、津島を訪れたときも、ゆく先にたずねる人があるわけではなく、待っている人があるわけではなし、(中略)「なまず丼」というのがめずらしく、泥の中の魚は、案外、美味なものである。それには、なにかサンボリックな意味がふくまれているようである。

『金子光晴全集』第8巻 「鯰の味」

津島市出身の画家・絵本作家 伊藤秀男さん

『町のけんきゅう』を描いた伊藤秀男さんは、1950年に津島市で生まれました。1976年の初個展以来、全国各地で個展を開き、1991年に出版された『海の夏』(ほるぷ出版)で第41回小学館絵画賞、2002年、『けんかのきもち』(文/柴田愛子, ポプラ社)で第7回日本絵本大賞を受賞。2010年、『うしお』(ビリケン出版)で「IBBYオナーリスト(優良作品)」に選出され、スペインでの授与式に出席しています。
2016年には、『タケノコごはん』(文/大島渚, ポプラ社)で第21回日本絵本賞を受賞。ほかに、『さばうりどん』『うみのむにゃむにゃ』『おうしげきだん』『虔十公園林』などの絵本で知られています。

『海の夏』表紙
『うしお』表紙
『けんかのきもち』表紙
『タケノコごはん』表紙

海部・津島が舞台となっているその他の伊藤秀男さんの作品について

『ひみつのなつまつり/こどもザイレン』表紙

『ひみつのなつまつり/こどもザイレン』

1989年に出版された『ひみつのなつまつり/こどもザイレン』は、7月下旬~8月にかけて、尾張西部、特に木曽川流域を中心に行なわれる祭礼「子供ザイレン(「オミヨシサン」ともいいます)」を題材とした作品です。「オヤブン」とよばれる年長の子どもが大活躍します!

バスの車内の場面には「天王祭」のポスターが!

少し懐かしい名古屋のデパートの屋上

『うしおくんとはすひめちゃん』表紙

『うしおくんとはすひめちゃん』

『うしおくんとはすひめちゃん』では、蓮田の風景や愛西市特産のレンコンが登場します。

伊藤秀男さんの作品は「ふじいろ文庫」でご覧頂けます。こちらも是非ご覧下さい。

コーナー5「クリスマス」

もうすぐクリスマス、まちがキラキラかがやくきせつです。
わくわくとどきどきがいっぱい、クリスマスのおはなしを集めました。

コーナー3「よるのせかい・ハロウィン」

読んでくれなきゃいたずらしちゃうぞ! 今年もハロウィンが近づいてきました。
少しずつ夜の時間も長くなっています。秋の夜長をたのしむ絵本を集めました。

「第2回ボタニカルアート展」

企画展示「第2回ボタニカルアート展」

伊藤みゆきさんのボタニカルアート作品15点をご紹介します。

ボタニカルとは「植物の、植物学の」という意味。
つまり、ボタニカルアートは「植物学的な絵画」のことです。
「植物細密画」ともいい、植物図鑑の絵などがこれにあたります。

今回の展示は、植物の葉と実の美しさ表現した作品を揃えました。植物たちの声に耳を澄ませてみてはいかがでしょうか。

また、当館で開講中の「ボタニカルアート入門講座」を受講されている生徒さんの作品も展示しています。ぜひ併せてご覧ください。

パネルの内容はこちら(PDF:189KB)

企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」

「10月の本」

「10月に関する本」を集めました

「10月の本」コーナー
「10月の本」コーナーの本
「10月の本」コーナーの本

入口ゲート付近のコーナー7では、10月に関する本を集めた「10月の本」を展開しています。
今後、毎月ごと季節に合った本を紹介していく予定です。

  • ノーベル賞

    ダイナマイトの発明で知られるアルフレッド・ノーベルの遺言により「人類の幸福に貢献した人」に贈られるノーベル賞。今年のノーベル賞は、10月1日~8日にかけて「生理学・医学賞」から順次発表される予定です。ちなみに、選考委員の不祥事により今年のノーベル文学賞の発表は見送られることが決定しています(今年のノーベル文学賞の受賞者は来年2019年の受賞者と共に発表する方針)。
    日本人の受賞はあるかな、と何となくウキウキするノーベル賞発表ですが、今年は2年ぶりの快挙となるでしょうか?あわせて少し懐かしい過去の日本人受賞者の本もご紹介します。

  • メガネ

    1997年に日本眼鏡関連団体協議会が、毎年10月1日を「メガネの日」に制定しました。10月1日が“1001”と表記することができ、両端の“1”を「メガネのツル」、内側の“0”を「レンズ」に見立てて「一〇〇一」とメガネの形を表していることが由来となっています。
    今も昔も、メガネは人をミステリアスな存在に見せる効果があるようです。1571年にフランシスコ・カブラルという宣教師が美濃国・岐阜で織田信長と対面した際に、カブラル師が近視のためメガネを掛けていたので「目が4つある」と皆が大変に驚いた、という記録がルイス・フロイスの『日本史』に残されています。

  • あかり

    1879年10月21日、発明王エジソンが日本の竹を使ってフィラメントを作り、白熱電球を完成させたことから、10月21日は「あかりの日」とされています。
    今年の10月19日~21日の3日間は「第1回尾張津島お月見灯路」が開催され、津島市内の霊場が灯篭の灯りで飾られるほか、楽しいイベントが津島神社を中心とした市内のあちこちで行われます。
    また、津島ゆかりの彫刻家イサム・ノグチは、時代を越えて世界中で愛されている「AKARI」と題した照明器具をデザインしました。今年の秋の夜長は、津島にも縁のある「あかり」を楽しんでみてはいかがでしょうか。

  • 火星

    1938年10月30日、アメリカで「火星人来襲」というラジオドラマが放送されました。火星人が来たことを伝えるための「臨時ニュース」が番組の途中で入るという演出でしたが、ラジオを聞いた人々はこれを本当のニュースだと思いこみ、大騒ぎになったそうです。ちなみに、このラジオドラマを作った演出家オーソン・ウェルズは、人々を信じ込ませた才能が認められ、俳優や映画監督として活躍しました。
    今年7月には、火星と地球が大接近する「火星大接近」が大きな話題となりました。また、「火星」をテーマとした音楽や小説、映画は現在もたくさん制作されています。私たち人類は、これからも「火星」に特別な気持ちを抱き続けるのでしょうね。

  • 平安遷都

    794(延暦13)年10月22日、桓武天皇が都を京都市に移し「平安京」と名付けました。10年前、現在の京都府向日市と長岡京市のあたりに「長岡京」が作られたばかりでしたが、長岡京の建設にあたった藤原種継(たねつぐ)の暗殺、天皇の弟の早良(さわら)親王の死などの不幸な事件が次々に起こり、怨霊のせいではないかと言う人も現れたため、京都に新しい都を作ったのです。
    平安神宮が完成した1895(明治28)年に始まった京都三大祭のひとつ「時代祭」では、京都に都が置かれた平安時代から明治のはじめまでの各時代の様々な人物に扮した約2000人が全長2㎞もの行列となって京都御所から平安神宮までを練り歩き、これからも平安であることを祈ります。

  • 出雲大社

    はるか昔から、10月には日本全国の神様が島根県「出雲大社」へ会議に出かけると考えられてきました。そのため10月は、神様が出かけてしまう土地では神様がいないので「神無月(かんなづき)」、反対に出雲の国は神様がたくさん集まるので「神在月(かみありづき)」となります。ただし神無月は旧暦10月のため、現在の暦に当てはめると毎年異なります(今年は11月8日~12月6日となるそうです)。
    出雲大社の神様は、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)という大地を象徴する神様です。毎年10月には八百万(やおよろづ)の神様を迎えて、人の運命や来年の天候、農作物の出来具合などを話し合っているといわれています。近年、パワースポットとしても人気を集める出雲大社。本を読んで知識を深めてみてはいかがでしょうか。

  • 新幹線

    1964年10月1日、「夢の超特急」と呼ばれた世界最速(当時)の電車「東海道新幹線」が開業しました。それまで特急で6時間以上かかっていた東京―大阪間を4時間で走り抜けた新幹線は、10月10日に開会式が行われる東京オリンピックに間に合わせるため、工事開始から僅か5年半で開業にこぎつけました。
    丸い鼻の「0系」車両は日本の技術力を集めたもので改良を重ねながら走りましたが、2008年に多くの鉄道ファンに見送られ引退しました。現在は、N700系が東京から新大阪間を2時間30分で走っています。

  • 読書週間

    10月27日から11月9日までの2週間は「読書週間」です。1924年から行われていた「読書連動週間」は戦争のために中止されましたが、1947年11月17日から「読書週間」が開催されました。「読書週間」は戦後に「読書の力で平和な文化国家を作ろう」と出版社と書店、公共図書館、マスコミが協力し、始められたものです。翌1948年からは、11月3日の「文化の日」を中心とした10月27日から11月9日までの2週間と定められ、全国に広がっていきました。
    「読書週間」の期間中、津島市立図書館でもたくさんのおはなし会を行います。どうぞふるってご参加下さい。

  • 食欲の秋

    今年も「食欲の秋」がやって来ました!
    魚や野菜、果物などが、最も美味しい時期やよくお店に出回る時期を「旬」といいます。10月はサンマやきのこ、さつまいも、栗、ギンナンなどが「旬」を迎える季節です。
    秋の食材のレシピをはじめ、読むとお腹が空いてくる「食」がテーマのエッセイも集めてみました。どうぞお召し上がりください♪

  • 豆腐

    1993(平成5)年、「10(とう)2(ふ)」の語呂合わせから「もっと豆腐を食べてもらいたい」という願いを込め、日本豆腐協会が10月2日を「豆腐の日」に制定しました。
    ところで豆腐は「豆が腐る」と書きますが、豆が腐るのは「納豆」ではないか、と疑問に思ったことはありませんか?「豆腐」がなぜ豆が腐ると書くのかを調べてみると、「豆腐」は中国から伝わった言葉であり、中国語の「腐」という字は「液状のものが寄り集まって固体となった、柔らかいもの」という意味で使われていることから「豆腐」という名前が付けられたそうです。
    奈良時代に中国より伝わり、江戸時代から一般庶民の食卓に登場した豆腐。最近ではヘルシー・フードとして、世界でも人気を集めています。

台風24号接近に伴う開館予定について

暴風警報発令に伴う開館時間の変更について

台風24号が09月30日(日)夕方から夜にかけて東海地方に最接近するとの予報が出されています。
図書館利用者の安全確保のため、暴風警報発令時は全館臨時休館といたします。

暴風警報が解除された場合、解除された時間帯により開館時間が変更となりますのでご注意ください。

暴風警報の解除時間 開館時間
7時までに解除 平常通り開館
7~11時までに解除 13時から開館
11~13時までに解除 15時から開館
13~15時までに解除 17時から開館
15時を過ぎても解除されない場合 休館

「尾張津島お月見灯路」

企画展示「尾張津島お月見灯路」

津島市立図書館では、「尾張津島お月見灯路」に先立って灯篭の展示を行っています。
京都の花灯路を模し、趣向を凝らして作られた灯篭です。

名古屋芸術大学の学生によるデザインを施した「あかり」作品をどうぞご覧ください。

この灯篭は「尾張津島お月見灯路」イベント期間中、各所に並びます。

「尾張津島お月見灯路」公式サイト

企画展示「尾張津島お月見灯路」
企画展示「尾張津島お月見灯路」
企画展示「尾張津島お月見灯路」

「図書館文化祭」

他人を感動させようとするなら、まず、自分が感動せねばならない。そうでなければ、いかに巧みな作品でも生命を持たない。(ジャン=フランソワ・ミレーの言葉より)





今年の夏は記録的な猛暑となりましたが、ようやく秋の気配を感じる季節となりました。
秋、といえば「芸術の秋」。というわけで、夏に開催した「図書館体育祭」に続いて、今年の秋は「図書館文化祭」を開催する運びとなりました。「文化祭」は、「音楽会」と「美術展」の二部構成となっています。
もちろん、ここは図書館ですので「本」が主役となります。「アート」と「本」の出会い、ご堪能下さい。

音楽会

  1. オープニング

    『くちびるに歌を』表紙

    混成合唱「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」 『くちびるに歌を』 中田永一

    運転席の窓をあけて松山先生は言った。
    「【くちびるに歌を持て、ほがらかな調子で】ってね。それをわすれないで」
    私たちがうなずくのを確認して、松山先生はエンジンをかけた。

    物語の舞台は、長崎県五島列島のとある小さな島の中学校。合唱部顧問の松山先生が産休に入るため、音大の同級生・柏木ユリが臨時教員となりやって来た。全国コンクールの課題曲「手紙~拝啓 十五の君へ~」の意味を見出すために、柏木先生は部員たちに15年後の自分に宛てた手紙を書く宿題を出す――。

  2. 第一部・ピアノは語る

    1. 『さよならドビュッシー』表紙

      Ⅰ.ドビュッシー「月の光『ベルガマスク組曲』より」 『さよならドビュッシー』 中山七里

      「審査員も観客も君の名前なんかには興味がない。君のピアノ、君が曲に込めた想いに共鳴したんだ。あんなドビュッシーは君にしか弾けない。それは、君だけが持ち得る力だ。音楽の神様が君だけに許した力だ」

      ピアニスト・岬陽介が登場する「岬陽介シリーズ」の第一作。祖父と従姉妹とともに火事に遭い、全身大火傷の重傷を負いながらもピアニストになることを誓う遥。コンクール優勝を目指して猛レッスンに励むが、不吉な出来事が次々と起こる。
      ちなみに、2018年はドビュッシー没後100年のメモリアル・イヤー。

    2. Ⅱ.シューマン「幻想曲ハ長調 作品17」 『シューマンの指』 奥泉光

    3. Ⅲ.ショパン「ノクターン第二番」 『ひとさし指のノクターン 車いすの高校生と東京藝大の挑戦 』

  3. 休憩

    フォーレ「シチリアーノ」(曲名は書かれていませんが、フルートの名曲として紹介します) 『おんがくねずみ ジェラルディン はじめておんがくをきいたねずみのはなし』 レオ=レオニ

    ほかの ねずみたちも この きせきを ききに あつまって きた。おんがくが おわると、いちばんの としよりねずみ グレゴリーがささやいた、「もし これが おんがくと いうものなら、ジェラルディン、おまえの いうとおりだ。あの チーズを たべる わけには いかない。」

    おんがくをきいたことがなかったねずみのジェラルディンは、ある日、台所でとても大きなチーズを見つけます。チーズをかじっていくと、中からチーズのねずみの像が現れて、夜になるとしっぽをフルートにして、ジェラルディンに演奏を聴かせました。
    「おんがくだ!」「これこそ おんがくにちがいない!」ついにジェラルディンは、おんがくと出会ったのです。

  4. 第二部・Let’s クラシック♪

    1. Ⅰ.べートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第5番『春』」 『船に乗れ!』(1)(3) 藤谷治

    2. Ⅱ.ヴィヴァルディ「ヴァイオリン協奏曲『四季』」 『ピエタ』 大島真寿美

    3. 『おわらない音楽』表紙

      Ⅲ.武満徹「ノヴェンバー・ステップス」 『おわらない音楽』 小澤征爾

      だいたい指揮者という商売は、自分一人ではどんな音だって出せない。演奏家や歌い手がいて初めて音楽が生まれる。宿命的に人の力がいるのだ。
      どんな人たちに支えられてきたか。その恩人たちを紹介するのが僕の「履歴書」なのかもしれない。それには生まれた時のことから順に追っていくのが良さそうだ。

      昔を振り返らず、次の演奏会のことだけを考えてきた「世界のオザワ」。斎藤秀雄、バーンスタイン、カラヤンら恩師との思い出をはじめ、家族への思いや音楽への情熱を余すところなく語った一冊。マエストロの疾風怒濤の半生に耳を澄ましてみましょう。

  5. 第三部・Rock‘n’ Roll Star

    1. 『階段途中のビッグ・ノイズ』表紙

      Ⅰ.Green Day「Basket case」 『階段途中のビッグ・ノイズ』 越谷オサム

      俺いま、ほんとに楽しいよ。あのとき大野が階段の下で足を止めてくれなかったら、俺、今日はどこで何してたんだろう。
      (中略)
      全部、今日のためだ。いまこの瞬間のためだ。
      啓人はこれまでの日々で培ってきたありったけを、マイクとギターにぶつけた。

      県立大宮本田高校の軽音楽部は、部員が不祥事で退学処分となり廃部の危機に立たされていた。唯一残った部員の啓人も部の存続を諦めていた時、幽霊部員の伸太郎が現れ、校長に直談判した結果、条件付きで部の存続を認めさせることに成功。条件の一つが、半年以内に何らかの成果をあげること。さて、文化祭での一発ドカン!は叶うのか?

    2. Ⅱ.Red Hot Chili Peppers「Dani California」 『フジロック20thアニバーサリー・ブック』

美術展

  1. オープニング

    『ルーヴル美術館の舞台裏』表紙

    レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」 『ルーヴル美術館の舞台裏』

    「ここはパリの中で、一番おしゃべりできる場所である。暖房が入っていて、退屈せずに人を待つことができる。それに、女性にとっては格好の逢引きの場所である」

    (シャルル・ボードレール)

       

    シャルル・ボードレールはフランスの詩人

    “城塞”として建てられたルーヴルは、どのような経緯で“美術館”となったのか?「モナ・リザ」をはじめとする名画たちは、なぜルーヴルに所蔵されているのか?ルーヴルを知れば、きっとルーヴルに行きたくなる!
    「ルーヴルへの招待」と銘打たれたこの一冊は、ひいては「美術への招待」と言えそうです。

  2. 第一部・日本画を読む

    1. Ⅰ.長谷川等伯「松林図屏風」 『等伯』上  安部龍太郎

    2. 『眩(くらら)』表紙

      Ⅱ.葛飾応為「吉原格子先之図」 『眩(くらら)』 朝井まかて

      さてあたしは、いくつまで生きるのか。
      あと十年、いや五年あればと願った親父どのの気持ちが今、心底わかるような気がした。
      一筆二筆のうちに、筆外の意が現れる。それはある時、ふと得られるものだ。でもすぐに逃げて見失う。その繰り返しこそが画業だ。

      偉大過ぎる父・葛飾北斎、兄弟子・渓斎英泉への叶わぬ恋、北斎の名を利用し悪事を重ねる甥。人生にまつわる面倒事も、ひとたび筆を握れば全て消え去る。北斎の右腕として、風景画から春画までをこなす一方、自分だけの光と色を追い続けた女絵師・応為の生涯を描く作品。2017年にはNHKでドラマ化されている。

    3. Ⅲ.長沢芦雪「白象黒牛図屏風」 『ごんたくれ』 西條奈加

  3. 休憩

    モンドリアン「コンポジション」(作品名は書かれていませんが、「コンポジション」らしき作品が登場します) 『うさこちゃん びじゅつかんへいく』 ディック ブルーナ

    あるひ おかあさんが いいました。いいこと かんがえたわ。びじゅつかんへ いこうと おもうの。いっしょに いきたいひと いる?

    うさこちゃんが、お父さん、お母さんと、三人ではじめて美術館へ行くお話です。本物そっくりのリンゴの絵を観たり、うさこちゃんにそっくりな青いうさぎの彫刻を見たりして、うさこちゃんは大満足で帰りました。そして、思いました。大きくなったら画家になるの!

  4. 第二部・洋画を読む

    1. 『暗幕のゲルニカ』表紙

      Ⅰ.ピカソ「ゲルニカ」 『暗幕のゲルニカ』 原田マハ

      ――芸術をなんであると、君は思っているのだ?
      画面の中からピカソの声がした。
      芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。
      私は闘う。断固、闘う。この世界から戦争がなくなるその日まで。戦争そのものと。

      反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画「ゲルニカ」。国連本部に飾られていたこの名画のタペストリーが2003年のある日、突然姿を消した――。MoMAのキュレーター八神瑤子は、ピカソの名画を巡る陰謀に巻き込まれていく。
      故国・スペイン内戦下に想像した「ゲルニカ」に、画家は何を託したのか?

    2. Ⅱ.ゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」 『月と六ペンス』 サマセット・モーム

    3. Ⅲ.ゴッホ「赤いブドウ畑」 『ファン・ゴッホの手紙』

  5. 第三部・「美」を支える

    1. 『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん』表紙

      Ⅰ.モネ「睡蓮」 『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん』 岩井希久子

      私は世界一、絵にやさしい修復をしたいと思っています。世界で通用するような技術で、「これはキクコがやった修復だ」、と言われるような修復ができるようになりたい。作家の魂を未来に残すために、作家の思いによりそい、作家の意図したことを伝え、作品にとって最善の状態を保つ修復をしたいと思っています。

      NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」にも登場した絵画修復家・岩井希久子さん。モネやピカソの作品やディズニーのセル画など、実際に修復に携わった数多くの作品のエピソードを交えつつ、絵画修復の現場を紹介してくれる一冊です。
      岩井さんの仕事への情熱と使命感に心打たれます。

    2. Ⅱ.ルドン「眼をとじて」 『ミュージアムの女』 宇佐江みつこ

「津島」を描いた画家 杉本健吉

「杉本健吉」という名前を聞いたことはありますか?名鉄電車に乗っている時に「杉本美術館」の中吊り広告を目にして、名前だけは知っているという方も多いかと思います。杉本健吉は、津島第一尋常小学校(現在の津島市立南小学校)を卒業した津島市に縁の深い画家です。
今回「図書館文化祭」のオマケとして、“「津島」を描いた画家・杉本健吉” について紹介したいと思います。

一、杉本健吉を知る。

さて、今から3つの画像をお見せします。

「青柳ういろう」ロゴマーク

「青柳ういろう」ロゴマーク

「名古屋市営地下鉄」シンボルマーク

「名古屋市営地下鉄」シンボルマーク

「名鉄タクシー」の車両

「名鉄タクシー」の車両

3つとも、この地域に住む人であれば見たことのあるものばかりだと思います。
実は、これらは全て杉本健吉がデザインしたもの。杉本健吉は画家としてだけでなく、現代風にいえばグラフィック・デザイナーとしても多くの作品を残しています。

もちろん、画家としても多くの作品を残しています。奈良を舞台に多くの作品を描いたことから「奈良の杉本」と呼ばれており、33年にわたって東大寺の絵馬を描いたことでも知られています。
他に、1950年から「週刊朝日」に連載された吉川英治作『新・平家物語』で挿絵を担当。『新・平家物語』は戦後を代表するベストセラー小説で、1972年にはNHK大河ドラマの原作にもなっています。

二、津島で育つ。

杉本健吉は、1905(明治38)年に名古屋市矢場町で生まれました。父は人形浄瑠璃三味線師匠の杉本銀四郎。
1912(大正元)年に四日市第一尋常小学校へ入学したものの、父の転居に伴い名古屋、大垣、笹島と転校を重ね、1918(大正7)年に津島第一尋常小学校(現在の津島市立南小学校)を卒業しています。

杉本健吉の才能は小学生の頃から発揮されていて、しばしば学校の代表に選ばれていました。
小学校時代に知人からニュートン社の絵の具4本を貰い、その絵の具で描いた作品が現在も杉本美術館に所蔵されています。

津島第一尋常小学校杉本健吉が通った津島第一尋常小学校

そのひとつが「津島千本松原」。
ハガキの1.5倍ほどの小さなサイズの風景作品ですが、油絵の特質である色を何層も重ねる画法が用いられていて、小学生の手によるものとは思えない出来栄えです。

「津島千本松原」
「津島千本松原」1917年 油絵・板【提供:杉本美術館】

天王川公園などで写生をしている折に、やはり津島出身で東京美術学校(現・東京芸術大学)を卒業した洋画家・加藤静児氏に、よく出会ったそうです。
加藤氏については、杉本健吉が進路を相談したところ「絵では食べていけないから絵は趣味にして、職業としては図案家の勉強をしなさい」とすすめられ、愛知県立工業学校図案科に進学した、という話が残っています。

三、津島を描く。

1928(昭和3)年、23才の杉本健吉は津島町公会堂で初個展を開催します。
人生はじめての個展の会場が津島であったことに、杉本健吉と津島の縁を感じますね。

その後も、杉本健吉は天王祭、津島神社、天王川公園などを題材に多くの作品を描いています。
皆さんにもお馴染みの津島の風景を、杉本健吉がどのように描いているのか、覗いてみましょう。

津島町公会堂 外観

初個展を開催した津島町公会堂

「津島神社社頭」
「津島神社社頭」製作年不詳 油絵・板

「津島池須大銀杏と加藤写真館」
「津島池須大銀杏と加藤写真館」1916年 油絵・板

「津島天王祭」
「津島天王祭」1961年 油絵・キャンバス

【提供:杉本美術館】

四、津島へ還る。

2000(平成12)年11月3日、津島市立図書館の開館記念事業として、母校・南小学校の体育館でトークショーを開催。市民ら約500人を前に、「私の津島」と題して小島廣次さんとの対談を披露しました。
杉本健吉、御年95才の声に耳を傾けてみましょう。

話題の中心となるのは、やはり小学生時代の思い出

まず、小学校当時の恩師・羽柴時太郎先生について。
「羽柴時太郎先生がいなかったら、私は絵描きにはなっていない。」と話しています。

続いて話題になったのが、小学生時代に描いた絵について。卒業記念の水彩画と久しぶりに対面して、こう語っています。

うまいねぇ。昔よく張り出しをされて、それが嬉しくてね。子どもの時に張り出しをしてくれるのはねぇ、いいものだよ。だから褒めなきゃだめだよ。

また、津島をモチーフとした作品を多く描いていることについて。

津島を第二の故郷として大事にしていたねぇ。津島へはリュックを背負って、イーゼルを首から下げてよく出掛けたもんだよ。

杉本健吉の津島への想いが伝わってきますね。

杉本健吉画伯の本は、「ふじいろ文庫」のコーナーにあります。是非併せてご覧ください。

津島市立図書館開館記念式典での杉本氏
津島市立図書館開館記念式典での杉本氏
津島市立図書館開館記念式典での杉本氏

コーナー5「おいしいおはなし」

しょくよくの秋、どくしょの秋。
おいしいおはなしで、おなかも心もまんぷくに。

台風21号接近に伴う開館予定について

暴風警報発令に伴う開館時間の変更について

台風21号が09月04日(火)午後に東海地方に最接近するとの予報が出されています。
図書館利用者の安全確保のため、暴風警報発令時は全館臨時休館といたします。

暴風警報が解除された場合、解除された時間帯により開館時間が変更となりますのでご注意ください。

暴風警報の解除時間 開館時間
7時までに解除 平常通り開館
7~11時までに解除 13時から開館
11~13時までに解除 15時から開館
13~15時までに解除 17時から開館
15時を過ぎても解除されない場合 休館

「津島祭礼図屏風展」

企画展示「津島祭礼図屏風展」

平成30年7月3日(火)、特定非営利活動法人京都文化協会とキヤノン株式会社の共同事業「綴プロジェクト(正式名称:文化財未来継承プロジェクト)」の第11期作品として、大英博物館が所蔵する「津島祭礼図屏風」が題材に取り上げられ、制作された高精細複製品が津島市と愛西市に寄贈されました。
9月3日より9月13日まで、津島市立図書館にて展示を行っています。

企画展示「津島祭礼図屏風展」
企画展示「津島祭礼図屏風展」
企画展示「津島祭礼図屏風展」
企画展示「津島祭礼図屏風展」
企画展示「津島祭礼図屏風展」
企画展示「津島祭礼図屏風展」

「9月の本」

そろそろ夏も終わりです。「9月に関する本」を集めました

「9月の本」コーナー
「9月の本」コーナーの本
「9月の本」コーナーの本

入口ゲート付近のコーナー7では、9月に関する本を集めた「9月の本」を展開しています。
今後、毎月ごと季節に合った本を紹介していく予定です。

  • お米

    秋は実りの季節。果物やきのこ類、サツマイモなどの根菜類のほか、新米がお店に並び始める季節です。稲作農家は、少しでも品質のよいお米をたくさん作るために稲の世話はもちろん、田んぼの整備や水の管理などにも注意を払います。「コシヒカリ」や「あきたこまち」をはじめ、日本には正式に品種登録されているだけでも500種以上のお米があるそうです。
    お米は、日本人の食卓になくてはならないもの。「いただきます」と「ごちそうさま」の言葉を忘れずに、感謝の気持ちを持ってご飯をいただきましょう。

  • 防災

    9月1日は「防災の日」です。1923(大正12)年のこの日、関東大震災が起きたことから1960(昭和35)年に定められ、毎年各地で災害に備えて訓練を行っています。
    もともと9月1日は、立春から数えて210日目にあたる「二百十日」にあたり、昔から台風がよく上陸するとされていました。1959(昭和34)年の9月に発生した伊勢湾台風は、東海地方を中心に高潮、暴風、河川の氾濫などで死者4697名、行方不明者401名という甚大な被害を出しました。これは、日本の台風による死者・行方不明者では過去最大の被害です。

  • 宝くじ

    9月2日は「宝くじの日」です。「く・じ」の語呂合わせで、1967(昭和42)年に第一勧業銀行(現・みずほ銀行)が9月2日を「宝くじの日」と制定しました。以来、毎年この日にちなみ、手元の宝くじ券が当選していないか、宝くじ当せん金の引き換え漏れがないかの再確認を呼びかけています。
    また、毎年「宝くじの日」には「宝くじの日・お楽しみ抽せん」として過去1年間の宝くじハズレ券を対象に、もう一度抽せんを行うハズレ券の敗者復活戦が行われます。ただし、「お楽しみ抽せん」で貰えるのは現金ではなくて景品です。とはいえ、お米や電化製品など実用的なものから選ぶことができるので、皆さんも宝くじを買ったら外れても1年間は保管することをオススメします。

  • 古墳

    1985(昭和60)年9月25日、奈良県斑鳩町の法隆寺西南約350mにある藤ノ木古墳で「横穴式石室」と、全面朱塗りの「家形石棺」が発見されたことから、9月25日は「藤ノ木古墳記念日」とされています。藤ノ木古墳は、奈良県生駒郡斑鳩町にある円形の古墳(円墳)であり、未盗掘で埋葬当時の姿がほぼそのまま残っていたため、当時の埋葬儀礼を解明する上で貴重な資料となりました。
    ところで、「埴輪(はにわ)」と「土偶」の違い、皆さんはご存知でしょうか?「土偶」は縄文時代に作られた用途が解明されていない土製品であるのに対し、「埴輪」は古墳に並べるために作られた土製の焼き物。使用された時代も、目的もまるで違うものだそう。“はに丸とひんべえ”は古墳時代の生まれということになりますね。

  • ブラジル

    9月7日は「ブラジル独立記念日」です。
    1822年のこの日、初代ブラジル皇帝・ペドロ1世が宗主国ポルトガルからの独立を宣言しました。この独立宣言はペドロ1世がサンパウロ・イピランガの丘で剣を天にかざして「独立か死か!」と叫んだ劇的な宣言で、「イピランガの叫び」と呼ばれています。
    「イピランガの叫び」は絵画になっているほか、ブラジル国歌の冒頭でも「♪ 静かなるイピランガの岸辺は開いた」と歌われています。このブラジル国歌は、2014年のサッカー・ワールドカップで約1分間の伴奏が終わっても選手・サポーターがアカペラで高らかに歌い上げたことでも話題となりました。

  • 9月6日は「黒の日」です。「く(9)ろ(6)」=「黒」の語呂合わせから「黒染めの日」として、1989年に京都市黒染工業組合が制定しました。黒紋服や黒留袖の普及を図ることを目的として、伝統染色の黒染めをPRする日となっています。近年では「黒」を拡大解釈する流れが進み、食品・流通業界では「黒いものを食べて元気になろう」というキャンペーンが行われるほか、色黒で有名な歌手の松崎しげるさんが「黒フェス」と題した「白黒歌合戦」を行うそうです。
    図書館でも食品・流通業界にならって、「黒」にちなんだ本を並べて「黒い本を読んで楽しもう」というキャンペーンをちょっぴり実施してみます。気軽に楽しんで頂ければ、と思います。

  • 万年筆

    1809年9月23日、イギリスのフレデリック・バーソロミュー・フォルシュが万年筆の元となるペンを発明して特許を取得したことから、9月23日は「万年筆の日」とされています。
    それまで使用されていた羽根ペンは書くたびにインク瓶からインクをつけて書かなくてはならなかったため、ペンにインクを溜めておける「万年筆」の登場は画期的なもので、「Fountain pen(=泉のペン)」などと呼ばれました。
    普段はパソコンに向かって原稿を書くことが多い現在ですが、万年筆を格好良く使いこなす大人には、やはり憧れますね。

  • 動物愛護

    9月20日から9月26日は「動物愛護週間」です。「動物愛護週間」は、国民の間に広く動物の愛護と適正な飼養についての理解と関心を深めてもらうため、動物の愛護及び管理に関する法律(いわゆる動物愛護法)によって定められたものです。
    犬や猫などのペットがいる生活は、私たちの暮らしに潤いや楽しみをもたらします。しかし、ペットを飼うということは「命を預かる」ということでもあり、大きな責任を伴います。この機会に、人と動物が仲良く暮らすためにはどうしたら良いのか、あらためて考えてみてはいかがでしょうか。すべての「命」に対して、優しくありたいものです。

  • 敬老の日

    「敬老の日」は、1965年に「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日」として法律で定められました。私たちよりも遥かに長い時間を生きて多くの経験をしてきたお年寄りからは、たくさんのことを学ぶことができます。
    もともと「敬老の日」は、聖徳太子が身寄りのないお年寄りや病人の世話をする「悲田院(ひでんいん)」を建てた日と伝えられる9月15日でしたが、2001年の「祝日法改正」によって現在では9月の第3月曜日となっています。今年は9月17日が「敬老の日」となります。

  • 旧暦の8月15日前後の満月の夜を「十五夜」といい、今年は9月24日にあたります。「十五夜」は一年で最も月が綺麗な夜とされ、お供えものをして月を眺める「お月見」をする風習があります。旧暦の8月15日はちょうど秋の真ん中にあたるので、十五夜の月は「中秋の名月」ともいわれます。
    月見の風習は中国から伝わったもので、奈良時代や平安時代には貴族の間で音楽を演奏したり、歌を詠んだりして、お月見が華やかに行われていました。

「追悼・さくらももこさん」をコーナー7に追加

追悼・さくらももこさん

さくらももこさんが2018年8月15日に53歳で亡くなられました。
心よりご冥福をお祈りいたします。

追悼といたしまして、現在「8月の本」展開中の入口側コーナー7に、さくらももこさんの著作を集めました。
9月中旬まで展開予定です。どうぞご覧ください。

さくら ももこ

1965年、静岡県清水市生まれ。84年に漫画家デビュー。86年に月刊女性漫画誌「りぼん」で『ちびまる子ちゃん』の連載を開始。
昭和40年代に小学3年生だった自分自身をモデルに、まる子とその家族、友人たちの日常をユーモアたっぷりに描き、講談社漫画賞(少女部門)を受賞。90年にはフジテレビ系でアニメ化され社会現象に。自らが作詞し、B.B.クィーンズが歌ったテーマ曲「おどるポンポコリン」は同年130万枚を超える大ヒットとなった。
エッセイストとしても活躍し、91年から刊行した『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』の三部作は3年連続で100万部を超えるミリオンセラーとなった。8月15日、乳がんのため死去。

「まるちゃん」と私たち

――わたしはさくらももこです。 わたし小さかったから“チビ丸”に 女の子だから“子”をつけて“ちびまる子ちゃん”なんて呼ばれていたの。1986年、漫画「ちびまる子ちゃん」は、こんな書き出しではじまりました。
家族、学校、好きなアイドル、昨日見たテレビ番組……毎回の漫画で取り上げられるのは私たちと同じような日常のこと。時には福引きに当たって南の島を旅するなんて羨ましい出来事もありましたが、お父さんとお母さんがケンカしてドキドキしたり、予算300円で遠足のおやつを買うことに真剣になったり……私たちと同じ小学生の女の子の毎日が『ちびまる子ちゃん』にはありました。「まるちゃん」が生きていた昭和40年代の清水市の空と、私たちが暮らしているこの町の空は、きっと繋がっていたのだと思います。
さくらももこさんは残念ながら亡くなってしまいましたが、まるちゃんはこれからもつづくアニメ放送で(津島市立図書館ではアニメのDVDを所蔵しています)、そして私たちの心の中でずっと生き続けます。ありがとう、さくらももこ先生。まるちゃん、またね!

「ようこそ奥山景布子先生」

「ようこそ奥山景布子先生」コーナー掲示
「ようこそ奥山景布子先生」コーナー掲示
「ようこそ奥山景布子先生」コーナー掲示

全作品ガイド

  1. 一.「古」を読む。

    『源平六花撰』表紙

    『源平六花撰』(2009)

    「来し方のことは忘れよと、神仏が我らに仰せなのかもしれぬ」

    『平家物語』を基に、源氏・平家にまつわる六人の女性を主人公とした短編集。源義朝の愛妾だった常葉、鹿ヶ谷の陰謀が露見して配流となった俊寛たちが出会った千鳥、屋島の合戦で那須与一が射抜いた扇を持っていた松虫と妹の鈴虫――。彼女たちの「選択」を鮮やかに描く。オール讀物新人賞受賞作『平家蟹異聞』収録。

    『恋衣 とばすがたり』表紙

    『恋衣 とばすがたり』(2009)

    「酷いことを言っているのは、十分、よく分かっている」

    後深草院二条が遺した草紙(日記)を、父・西園寺実兼から手渡された二条の一人娘・露子。
    “草紙を読む”という形で、離れて育った娘の視点から、母・二条の数奇な人生を描く作品。宮廷を舞台に“愛”に翻弄される女性としての母、そして自ら“出家”という運命を選んだ母。草紙には、母の秘密が綴られていた。

    『時平の桜、菅公の梅』表紙

    『時平の桜、菅公の梅』(2011)

    「私は逃げませぬ。すべては、背負って参りましょう」

    孤高の俊才・菅原道真と、若き貴公子・藤原時平。身分も年齢も違う二人は互いを認めつつも、やがて残酷な因縁に辿り着く。国の頂きを目指した男たちの熱き戦いの行方は?千年以上も昔の出来事を題材としているのにも関わらず、現代の政治闘争にも通じる物語。“歴史小説“にして極上の“政治小説”ともいえる一作。

  2. 二.「愛」を読む。

    『びいどろの火』表紙

    『びいどろの火』(2011)

    「また逢ってくれますね。……無茶を言うなと怒りなさいますか」

    幼いころ母を亡くした佐登は、血は繋がらないものの心通わせる武家の家族に囲まれて、ひっそりと生きてきた。ある日、ふとしたことで知り合った呉服商・菱屋善兵衛に見込まれ、若主人・善吉の女房となる。佐登は戸惑いつつも新しい生活に踏み出したが、思いがけない障壁が現れる。善吉は、佐登に心惹かれているのに、佐登の肌に触れることができないのだ。やがて、佐登は旅興行の歌舞伎役者・志のぶと許されぬ恋に堕ちる――。恋という「火」に魅入られる瞬間を鮮やかに描く一冊。

    『キサキの大仏』表紙

    『キサキの大仏』(2012)

    「いただきたいものがあります。この日の本で、我が君さましかお持ちでないものを」
    と、そなたは言ったのだよ。そうして続けたのだ。
    「天子の孤独を、私に分けていただきたいのです」

    内憂外患の渦巻く天平時代、皇族以外から最初に皇后になった光明皇后こと安宿(あすかべ)。国のため、そして国の未来のため、巨大な御仏を造りたい――。夫・聖武天皇の理解者は光明皇后ただ一人。奈良の東大寺大仏に秘められた夫婦愛の物語。

  3. 三.「運命」を読む。

    『太閤の能楽師』表紙

    『太閤の能楽師』(2014)

    「ではなんだ。ごちゃごちゃ申すな。一言で申せ。能が、儂に何かもたらすか?」
    ぱしり。秀吉の手にあった扇が再び鳴った。
    「はい、それは……それは」 何か言わなくては。何か。
    「神に、なれまする」 自分でも予期せぬ言葉が口を突いて出た。

    “太閤秀吉を能に没頭させよ――”その密命がどこから下ったのか、その目的も知らぬまま天下人・秀吉に接近する能楽師・新九郎。史実にミステリーの要素を絡めつつ、能の世界観や、秀吉の人柄も見事に引き出した一作。秀吉の描かれ方も秀逸です。

    『音わざ吹き寄せ 稽古長屋』表紙

    『音わざ吹き寄せ 稽古長屋』(2014)

    「兄さん、どうかした?」 お久が遠くから、遠慮がちに声をかけてきた。
    「いや、何でもない」 熱くなる目の底を、袖でそっと押さえる。
    「お久。一曲、やらないか」

    ほんの四年前まで女形の役者をしていた音四郎は、足に怪我を負って舞台を去り、今は長唄の師匠として江戸の外れ、元吉原の北・長谷川町で稽古屋の看板を掲げている。三味線の師匠で妹のお久、女中のお光の三人を中心に、身の回りで起こる事件が静かに描かれていくなか、音四郎の怪我の真相も明らかに――。

  4. 四.「情」を読む。

    『たらふくつるてん』表紙

    『たらふくつるてん』(2015)

    「んでもって、俺たちは絶対、死なず捕まらず、ずっと“面白きを面白き”で行くんだ。おまえは人を笑わすのが、何より好きな業突く張りなんだから」

    京の塗師(ぬし)・武平は職場にも家庭にも居場所がなく、楽しみは浄瑠璃や芝居といった見世物を観ること。退屈な毎日をやり過ごしていたが、ある事件に巻き込まれたことをきっかけに京を追われてしまう。逃れた先の江戸で出会った絵師の石川流宣(とものぶ)らに導かれ、武平は噺家の道を進むことに――。
    「江戸落語の始祖」といわれた鹿野武左衛門(しかの・ぶざえもん)の半生をテンポよく描いた一作。

    『寄席品川清洲亭』表紙

    『寄席品川清洲亭』(2017)

    ――ああ、みんな良い顔してるなぁ。
    帰っていく客の顔を見ながら、秀八は自分もゆったりとした気分になった。

    時は幕末、ペリー来航直後の品川宿。落語好きが高じて、寄席の開業を思い立った大工の棟梁・秀八。腕はいいが、喧嘩っ早い。駆け落ちして一緒になったおえいは、団子屋を切り盛りするしっかり者の恋女房。幕末の品川を舞台に、小さな寄席をめぐる悲喜こもごもを描く一冊。さて、寄席は無事に開くのか?作中に登場する亀松鷺大夫、亀松燕治の「尾張弁」にも注目!

  5. 五.「みらい」を読む。

    「集英社みらい文庫」伝記シリーズ

    「若い読者の皆さんの、入門の第一歩を手助けできれば」

    奥山先生が、熱い思いを込めて書かれている児童向けの伝記シリーズ。現在9冊が刊行され、刷を重ねる人気となっています。
    「このシリーズを書くことで、勉強し直し、歴史を物語としてどう伝えるのかも、改めて考える機会になりました。」と奥山先生はインタビューで語っています。子どもから大人まで、是非手に取って頂きたいシリーズです。

  6. 六.「津島」を読む。

    奥山先生の作品には「津島」が登場する作品が幾つかあります。
    『音わざ吹き寄せ 稽古長屋』では、津島市民のソウルフード・“くつわ”を囓る場面が登場します。少し覗いてみましょう。

    紙包みを開けると、茶色の揚げ菓子がごとごとっと現れた。
    ――おや、この菓子は。
    「いただきます」
    「ああ、お光さん、与吉も。この菓子は、いきなり歯に当ててはならぬ」
    行儀良く手を合わせて食べようとした二人を、難丸は思わず制した。
    「これはな、くつわと言って、大層固い。そのつもりで噛まぬと、顎がびっくりする」
    楕円の輪のような形の端っこを今にも勢いよく囓ろうとしていたお光が、目を丸くして菓子を持ち直し、そっと口に入れた。与吉も横でまねをしている。
    「ほんとだ、かたあい」
    ごりっと潔い歯の音をさせると、お光がころころと笑った。歯ごたえが面白いのか、与吉も躍起になって囓っている。
    「おこしより固いなんて。与吉坊、子どもの歯が抜けるかも。でも先生、よくご存じですね。お武家のお弟子さんが持ってきてくれたお菓子なんだけど」
    (中略)
    ――尾張藩の、若造かな。
    くつわは尾州津島天王社の名物である。尾張のご城下には、芝居や見世物の多くかかる繁華な場所があるから、芝居狂いの若者が出ても不思議ではない。

    “くつわ”を囓る音が、「ごりっと」と表現されていることに、共感する人も多いのではないでしょうか?
    他にも『びいどろの火』では、場面そのものは名古屋の州崎神社を描いたものですが、“天王祭”が登場します。今年の“天王祭・宵祭”は、台風のため残念ながら中止となってしまいましたが、小説を読んで“巻藁船”をご覧になってみてはいかがでしょうか。

『葵の残葉』を読む。

『葵の残葉』あらすじ

『葵の残葉』表紙

「余も、そなたたちも、どこへ行こうと、何があろうと、まごうことなき、葵の末葉だ。
いかなる時も、それを忘れぬように。良いな」

明治11(1878)年9月3日、正装に身を包んだ四人の紳士が銀座の写真館に集まり、記念写真を撮る場面から物語は始まる。彼らは、尾張徳川家当主・徳川慶勝(よしかつ)、一橋徳川家当主・徳川茂栄(もちはる)、会津松平家当主・松平容保(かたもり)、そして桑名松平家当主・松平定敬(さだあき)。徳川傍系の美濃高須松平家の当主松平義建(よしたつ)を父とし、それぞれ藩主となった「高須四兄弟」である。
激動の幕末、尾張藩主・徳川慶勝を主人公に、幕府派と倒幕派に分かれ対立しながらも、新時代の礎を築いた“葵の残葉”たる最後の徳川の殿様・高須四兄弟の運命と苦悩を描く歴史小説。第37回新田次郎文学賞受賞作品。

「青松葉事件」とは?

慶応4(1868)年1月20日、名古屋城内で発生した佐幕派の渡辺新左衛門(わたなべ・しんざえもん)ら重臣十四士を「朝命により死を賜(たま)ふものなり」の一言で粛清し、勤皇を表明した事件のこと。これにより藩内が勤王倒幕の立場に統一され、尾張藩は新政府側に立って旧幕府軍と戦うことになった。『葵の残葉』では、重要な場面に登場する「事件」である。

写真は、名古屋城二之丸広場に建つ“青松葉事件の碑“。

青松葉事件の碑

幕末を駆け抜けた高須四兄弟

尾張徳川家の分家・高須松平家に生まれた慶勝には、敵味方に分かれて戦った茂徳、容保、定敬の三人の弟がいる。その中でも茂徳は、慶勝の次に尾張藩主に就き、慶勝の側近を一掃して大老・井伊直弼に従う方針を示した。井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」の後、慶勝が藩政に復帰すると藩内で対立が起こり、藩政は混乱。その後、茂徳は尾張藩を出て、一橋徳川家を継ぐ。

容保は会津松平家を継ぎ、京都守護職として新選組を傘下に置いて活躍したが、慶勝とは長州処分をめぐって対立。また定敬は、鳥羽・伏見の戦いで薩長両藩に挑んだものの敗走し、後に新政府側に捕らえられた。

新政府側に立っているため、表立って徳川方の救済活動ができない慶勝に代わって、容保と定敬の助命嘆願に奔走したのが茂徳だと言われている。容保と定敬の謹慎が解除されたのは、明治5(1872)年のことだった。

高須四兄弟の家系図高須四兄弟の家系図
(クリックで拡大)

徳川慶勝肖像写真
徳川慶勝・肖像写真
『ナゴヤ歴史探検』より

高須四兄弟肖像写真
高須四兄弟(右から)
徳川慶勝、徳川茂栄、松平容保、松平定敬
『ナゴヤ歴史探検』より

もっと読む、『葵の残葉』

『葵の残葉』をもっと楽しむための作品を紹介します。まずは、奥山先生が書かれた『葵の残葉』スピンオフ作品から。

『pen+ 名古屋城から始める、名古屋カルチャー・クルーズ』表紙

『名古屋城金鯱哀話』 『pen+ 名古屋城から始める、名古屋カルチャー・クルーズ』掲載作品(2018)

明治12年、梅香る庭園で多くの人間が“こちら”を仰ぎ見ている。“こちら”とは、名古屋城の天守閣に上がった金鯱の夫婦。そう、この物語の主人公は“名古屋弁を喋る金鯱の夫婦”。
――ああ、やっと帰ってこれたがね……。金鯱の夫婦は春の日差しに包まれながら、お互いの無事と再会を言祝ぎ合い十年前の記憶を語り始める――「お殿さまが、しきりにあの箱を抱えてりゃぁた頃」のことを。さて、「お殿さま」の正体は?

『時代小説ザ・ベスト2017』表紙

『鈴の恋文』 『時代小説ザ・ベスト2017』掲載作品(2017)

12の短編を収める時代小説アンソロジーの一作『鈴の恋文』。遊女・鈴の心中を描く作品ですが、ここでは鈴に恋文の代筆を頼まれた女郎屋の客人・彦四郎に注目を。
彦四郎の本当の身分は、美濃高須藩家臣。尾張藩主に美濃高須藩の次男・秀之助を擁立すべく連絡役を引き受けていたが、書状を紛失してしまったため身を隠しているという『葵の残葉』前夜を描いた作品です。「次男・秀之助」が誰を指すのかは、分かりますよね?

徳川慶勝を主人公とした小説には、名古屋市出身の作家・城山三郎さんが書かれた『冬の派閥』(1982)があります。幕末の尾張藩内の派閥抗争、明治維新以降に開拓のため北海道に入植した家臣の辛苦、そして組織と人間の在り方を問う名作です。
また、徳川慶勝について、もっと知りたい方には『写真家大名・徳川慶勝の幕末維新』を、徳川慶勝が撮った写真をたくさん見たいという方には『写真集 尾張徳川家の幕末維新』をそれぞれオススメします。幕末の尾張藩の歴史を分かりやすくまとめているのは、その名もずばり『幕末の尾張藩』。これらの関連本も是非ご覧ください。『葵の残葉』の世界、もっと楽しみましょう。

「ふじいろ文庫」をリニューアルしました

詩人・野口米次郎は『ヨネ・ノグチ物語 野口米次郎自伝(原題:THE STORY OF YONE NOGUCHI)』において、故郷・津島を「紫の風たなびく町」と著しました。

若き日の野口米次郎もその頬に受けた「紫の風」に思いを寄せて、「ふじいろ文庫」と題して津島ゆかりの人物8名の作品を集めた郷土資料コーナーを設けました。
津島をもっと好きになる一冊、探してみませんか?

リニューアルに伴って、設置場所を育児コーナーの裏側に移動しました。

ふじいろ文庫リニューアル 全体写真
ふじいろ文庫リニューアル 作家別
ふじいろ文庫リニューアル 作家別
ふじいろ文庫リニューアル 作家別

「8月の本」

いよいよ夏も真っ盛り。『8月に関する本』を集めました

「8月の本」コーナー

「8月の本」コーナーの本

「8月の本」コーナーの本

入口ゲート付近のコーナー7では、8月に関する本を集めた『8月の本』を展開しています。
今後、毎月ごと季節に合った本を紹介していく予定です。

  • お盆

    日本の夏を代表する季節行事の「お盆」。期間は地域によって異なりますが、旧暦の7月15日を中心に行う先祖を供養する行事で、仏教の「盂蘭盆会(うらぼんえ)」を省略して「お盆」と呼ぶようになったといわれています。お盆の歴史は古く、推古天皇の時代の606年に朝廷で、はじめて行われたようです。
    一般的に、13日は祖先を迎える「迎え盆」、16日は祖先を送り出す「送り盆」を行います。この間、家庭では「盆棚」を飾って祖先を迎えます。地域や宗派によって様々な風習がありますが、京都の「五山(ござん)の送り火」は、送り盆に行う「送り火」の一種です。また、盆踊りも先祖や一年以内に亡くなった霊をなぐさめ、送り出すためのものです。伝統ある行事には、それぞれ大切な意味があり、大切な人への思いもあるのですね。

  • 冷たいおやつ

    8月2日は「おやつの日」です。日本のおやつの魅力と文化を広め、多くの人と笑顔あふれるおやつの時間を共有したいという思いから、日本おやつ協会が制定しました。
    「おやつ」という言葉の語源は、江戸時代に一日二食が一般的だった頃に遡ります。和時計の時刻で「八つ刻(やつどき・現在の午後2時~3時頃)」に小昼という間食を摂っていました。その間食を「おやつ」と呼ぶようになり、やがて間食全般を「おやつ」と呼ぶようになったそうです。
    8月といえば、夏真っ盛り。見た目にも涼しく、口に入れるとひんやりとする「冷たいおやつ」は夏の暑さを和らげてくれるはず。今年の8月2日、午後3時には「冷たいおやつ」の時間を楽しんでみてはいかがでしょうか。

  • 8月11日は「山の日」です。山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝することを趣旨として、2016年に制定されました。日本には、富士山をはじめとするたくさんの山があり、日本の国土の約7割が山地で占められています。日本人は古くから山を崇め、恵みを享受し、自然と共に生きてきました。
    「山の日」の前後にはハイキングや山遊びなど、数多くのイベントが行われます。「山の日」をきっかけに、身近な山に親しんでみてはいかがでしょうか。もちろん安全第一。マナーをきちんと守って、山を楽しみましょう。

  • 昆虫採集

    昆虫採集が楽しみな季節がやってきました。
    子どもの頃に家の周りのチョウやトンボを捕まえた経験はきっと誰にでもあるはず。「虫が嫌い」という人も多いかと思いますが、昆虫は私たちのそばにいる身近な存在であり、自然について教えてくれる“先生”でもあります。今年の夏に昆虫採集に挑戦する子どもの参考になる本や、かつて昆虫採集に夢中になっていた元・昆虫少年が懐かしさを感じる本を集めました。
    ただし、今年は連日猛暑が続いています。熱中症には十分注意して、昆虫採集を楽しむようにしましょう。

  • 8月23日は「油の日」です。「油の日」は京都にある離宮(りきゅう)八幡宮と油問屋を営む企業によって定められました。
    離宮八幡宮は、鎌倉時代から朝廷に油の専売特許を得る「油租」とされていたことで有名で、油を搾油する「長木(ながき)」という装置を開発してエゴマ油を製油していました。これが日本で初めての大規模な搾油のはじまりであるとされ、このことから離宮八幡宮は搾油発祥の地といわれています。
    搾油をはじめた当初、油は神社の燈明用として用いられる大変に貴重なものでした。現在では油は私たちにとって身近な存在となり、健康に役立つオイルの研究もさかんに行われています。

  • 花火

    夏になると、豪華な打ち上げ花火を見物したり、庭や川原で花火を楽しんだり――。花火は、日本の夏の風物詩として広く知られていますが、もともとは中国から伝わったといわれています。
    花火の原料となる火薬は、戦国時代にはもっぱら武器に使われる貴重な存在でしたが、戦国の世も終わり平和が訪れると武器以外の様々な用途に利用されるようになりました。
    花火もその一つで、江戸時代には花火業者や大名の配下の火薬職人たちがより美しい花火を作るために試行錯誤し、競い合って発展させてきたのです。花火はまさに、戦のない平和な世の中に訪れた“平和の象徴”なのかもしれませんね。

  • 室町幕府

    1338(暦応元)年8月11日、足利尊氏は征夷大将軍に任命され室町幕府を開きました。その後、織田信長の登場まで室町幕府は足利氏が15代にわたって将軍職を継承します。
    ところで、近年は空前の“室町ブーム”といわれており、2016年に出版された呉座勇一さんの『応仁の乱』が30万部を突破の大ヒットを記録したほか、亀田俊和さんの『観応の擾乱』も昨年大きな話題となりました。
    歴史教科書では足利尊氏の征夷大将軍就任後の争乱は「南北朝時代」と一括りにされて詳しく紹介されていませんでしたが、若手研究者の台頭によりこれまで「地味」だと言われ続けていた室町時代に大きな注目が集まっています。この“室町ブーム”、本を読んで体感してみてはいかがでしょうか。

  • 箸?橋??

    8月4日は「8(ハ)4(シ)」の語呂合わせから、「箸の日」でもあり「橋の日」でもあります。
    まず「箸の日」。「箸を正しく使おう」という民俗学者の提唱で1975年に割り箸組合が制定したとされています。東京の日枝神社では、毎年8月4日に長さ1mの大きな箸を神前に供え、古い箸を焼いて供養する箸供養祭が行われています。
    続いて「橋の日」。私たちの生活と文化に密接なかかわりを持つ川や橋に感謝し、橋や河川とのふれあいの日にすることを目的に、宮崎県の橋の日実行委員会が1986年に制定しました。
    どちらの記念日も甲乙つけがたく、今回は思いきって「箸の本」も「橋の本」も並べてみました。どちらも気軽にお楽しみ頂ければ、と思います。

  • 帽子

    8月10日は「8(ハッ)10(ト)」の語呂合わせで「帽子の日」です。日本では被りもののほとんどを「帽子」と呼びますが、英語では鍔(つば)が全体にある帽子を「hat(ハット)」、鍔がない、もしくは鍔が小さい帽子を「cap(キャップ)」と呼び分けています。
    帽子の歴史はとても古く、原始時代には帽子の類似品や、その前身とみられる被りものがあったといわれています。古代の帽子は、階級の象徴、もしくは頭を保護するためのものでしたが、文化の発展にともないファッションアイテムへと変化していきました。
    街中に出れば、帽子を被っている人を見かけないことはありません。自分をより魅力的に見せてくれる、自分だけの帽子を探してみてはいかがでしょうか。

  • 平和について

    1945(昭和20)年8月6日は広島市に、9日には長崎市に原子爆弾が投下され、多くの人が亡くなりました。8月15日、日本はポツダム宣言を受け入れ、太平洋戦争が終結しました。8月は、私たちにとっては大切な月です。あらためて、「平和」について考えてみましょう。本がそのきっかけとなれば、と願いをこめて紹介したいと思います。