図書館所蔵の元号銭

図書館所蔵の元号銭 – 古銭から元号を考える –

今年2019年は、「平成」から新元号(年号)へと改元される年。日本人にとって馴染みの時間軸が替わることは、現実的・観念的にも大きな影響を及ぼします。

津島市立図書館では、市民の方々からの寄贈により古銭を多く所蔵しています。こうした古銭の中には、元号の入った「寛永通宝」などの日本銭をはじめ、「永楽通宝」などの中国銭も多く見られます。
今回、図書館で所蔵する古銭の中から特に「元号銭」を紹介し、元号について考えてみたいと思います。






3月の本

春の足音が近づいてきましたね。「3月に関する本」を集めました

「3月の本」コーナー掲示
「3月の本」コーナーの本
「3月の本」コーナー
  • 旅立ち

    3月は、日本各地の学校で卒業式が行われます。卒業式は人生の節目、そして「旅立ち」の時です。津島市立図書館からも、旅立つ皆さんにエールを送ります。
    “ご卒業おめでとうございます。これからも皆さんに、良き人、良き本とのたくさんの出会いがありますことを、心から願っています。また図書館へ遊びに来てくださいね。お待ちしています。”

  • 和菓子

    3月になると、春物が店先に並び始めます。和菓子屋さんでも、桜餅やいちご大福、花見団子など、春の訪れを感じさせる和菓子がお店に並びますね。
    3月は年度末の気忙しい時期ですが、目で見て楽しい、食べて美味しい和菓子を食べて、心和む時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。そう、たまにはゆっくりと息を抜く時間も大切ですよ。

  • 東日本大震災

    2011年3月11日、東北地方の三陸沖を震源とする東日本大震災が発生し、大きな被害をもたらしました。災害関連死も含めた死者・行方不明者は、2万2132人(2018年12月10日現在)。
    震災の発生から、今年で8年が経ちます。毎年3月11日は、被災された方々に心を寄せる一日を過ごしたいと思います。

  • 3月3日は「耳の日」です。「3(み)3(み)」の語呂合わせのほかに、もう一つの由来となっているのがグラハム・ベルの誕生日。
    ベルは電話の発明家として有名ですが、ろう者の教育に一生を捧げた人物です。ベルの母と妻はろう者であり、ヘレン・ケラーの家庭教師・サリバンは、ベルの弟子であったことが知られています。

  • ミニ

    3月2日はドイツの自動車メーカーが「3(ミ)2(ニ)」の語呂合わせから制定した「ミニ」の日。小さいもの、ミニチュアを愛そうという記念日です。
    近年、ミニ盆栽やドールハウス、豆本など、小さくて愛らしいものを楽しむ趣味が人気ですね。作品は小さくとも独自の世界が広がっており、私たちの心をときめかせてくれます。

  • イギリス

    2019年3月29日に、イギリスがEUを離脱する予定です。これは2016年の国民投票で決まったもので、この時の投票結果は離脱支持51.89%、残留支持48.11%と僅差でした。
    紅茶、ミステリ、フットボール、ロックなど、私たちを楽しませてくれるものをたくさん生んだ国、イギリス。い歴史的な転換期を迎えて、注目を集めています。

  • ひなまつり

    「ひなまつり」は、江戸時代から伝わる女の子の成長を祝うおまつりで、“桃の節句”ともいいます。最近では、大人の女性が親しい友人達や家族と春のご馳走を楽しむ“雛パーティー”も人気となっています。
    ともあれ、女の子はいくつになっても楽しむことが大好き。春のひとときをワイワイ賑やかに過ごすのは、素敵な時間となりそうですね。

  • 壇ノ浦の戦い

    1185(寿永4)年3月24日、栄華を極めた平氏一門と、源義経率いる源氏一門の最後の戦い「壇ノ浦の戦い」が勃発しました。潮の流れが変わったことをきっかけに源氏が勝利を収めるというドラマチックな結末を迎え、平氏は滅亡。幼い安徳天皇が、祖母・二位尼に抱えられて入水する場面は、『平家物語』に登場する名場面です。

「追悼 ドナルド・キーンさん」をコーナー9に追加

ドナルド・キーンさんが2019年2月24日に96歳で亡くなられました。
心よりご冥福をお祈りいたします。

追悼といたしまして、現在「手と手をつなぐ。」展開中のコーナー9に、ドナルド・キーンさんの著作を集めました。
3月下旬まで展開予定です。どうぞご覧ください。

ドナルド・キーン

1922年、米ニューヨーク生まれ。コロンビア大学在学中に『源氏物語』と出会う。日米開戦に伴い42年、米海軍日本語学校に入学。語学将校としてハワイや沖縄で従軍。日本兵の日記の翻訳や捕虜の通訳をし、沖縄の前線ではスピーカーで日本兵に投降を呼びかけた。
戦後、ハーバード大学、ケンブリッジ大学で日本文学の研究を続け、53年から京都大学に入学。英訳『日本文学選集』を刊行し、日本文学の海外紹介のきっかけをつくった。谷崎潤一郎や川端康成、安部公房、三島由紀夫、司馬遼太郎ら日本を代表する作家らと交流。特に、三島とは親交が深く、自決に際しては「私は無二の親友を失い、世界は偉大な作家を失った」と悼んだ。
『徒然草』、『おくのほそ道』などの古典だけではなく、近現代作家の作品まで幅広く英訳。『明治天皇』『正岡子規』『石川啄木』などの評伝にも力を注いだほか、能狂言を題材とした著作によって日本人の精神を浮かび上がらせてきた。2008年に文化勲章を受章。
日米を往復していたが、2011年の東日本大震災後に「今こそ、日本人とともに生きたい」と日本への永住を決め、日本国籍を取得した。2月24日、96歳で死去。

2月の本

「2月に関する本」を集めました

「2月の本」コーナーの掲示
「2月の本」コーナーの本
「2月の本」コーナー
  • チョコレート

    2月14日は女性から男性にチョコレートを贈るバレンタイン・デーです……と思いきや、これは日本独自の風習。欧米では、恋人や友達、家族などが互いにカードや花束、お菓子などを贈るそうです。
    最近は、「友チョコ」や「自分チョコ」、そして「逆チョコ」と、毎年のように多くの言葉が生まれ、色々な楽しみ方が広がっていますね。

  • ラッピング

    バレンタイン・デーにチョコレートのお菓子を手作りしたら、オシャレなラッピングをして贈りたい方も多いかな……と思い、「チョコレート」の本と合わせて「ラッピング」の本もご紹介します。
    毎年バレンタイン・デーが近づくと、チョコレート売り場だけでなく、文具売り場も華やかになりますね。贈り物をワンランクアップしてみませんか?

  • 雪と氷

    雪は天から送られた手紙である――、こんな言葉を遺したのは、世界ではじめて雪の結晶を人工的に作成した物理学者・中谷宇吉郎(なかや うきちろう)です。雪が降ると車の運転などで心配が増え、私たちの生活はピンチに見舞われてしまいますが、ひとときは空を見上げて、雪の美しさに思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

  • 新選組

    1862(文久2)年2月27日は、京都で武芸に優れた浪士達を集め、新選組の前身「壬生(みぶ)組」が結成された「新選組の日」……となっていますが、新選組ゆかりの日野市では、会津藩預りとすると壬生組に連絡があった3月13日を「新選組の日」としているそうです。
    ちなみに、今年は土方歳三の没後150年にあたります。

  • 交番

    ちょっとマイナーですが、2月2日は「交番設置記念日」です。
    この記念日の歴史は古く、1881(明治14)年のこの日、一つの警察署管内に7つの交番を設置すると定められたことが由来となっています。現在、交番制度はブラジルなど世界各国で「KOBAN」という名で導入され、市民の安全と生活を見守っているそうです。

  • 抹茶

    2月6日は、西尾市茶葉振興協会が西尾茶120年を記念して設立した「抹茶の日」。茶道に用いられる道具「風炉(ふろ)」からの語呂合わせで決められたそうです。現在、抹茶味のスイーツは外国の方にも人気となっていますね。ところで、「お茶文化」では、我が津島市も西尾市に負けない歴史を誇っています。皆さんも一服いかが?

  • 富士山

    2月23日は「ふ(2)じさん(23)」の語呂合わせから「富士山の日」です。この日、静岡県では全ての県立高校と県東部の小中学校全校が休校となるそうですが、現在の皇太子殿下の誕生日は2月23日。来年以降、2月23日は新しい「天皇誕生日」となるので、日本中が祝日となります。「富士山休校」、来年以降はどうなるのでしょうか?

  • 2月9日は「肉の日」ですが、「2」と「9」を使えば多くの語呂合わせが成立するため、11月29日や毎月29日など、複数の「肉の日」が存在しています。なぜか?……その答えは、「肉の日」セールが何度もあった方が、お店も私たちもハッピーだからかもしれません。ともあれ、美味しいお肉を食べ、元気に冬を乗り越えたいものですね。

コーナー5「MOE絵本屋さん大賞2018」

今年も絵本担当の書店員さんが選んだランキングが発表になりました。
あなたのお気に入りは入っているでしょうか?
(以下の紹介は書名の五十音順で、順位ではありません)

手と手をつなぐ。

「手と手をつなぐ」コーナー全体
「手と手をつなぐ」コーナー掲示
「手と手をつなぐ」コーナー掲示

家から一歩外へ出れば、いろいろな人がいます。
あるがままに人を受け入れること、そして「手と手をつなぐ」ことで、あたたかな時間が持てれば……
また、つないだ手と手の間に“本”があることを、津島市立図書館では心から願っています。

「手と手をつなぐ」本

『ばっちゃん』表紙

『ばっちゃん』子どもたちの居場所。広島のマザー・テレサ 伊集院要(2017)

「子どもの顔を見よったらね、せんにゃおれんようになる。今日のこの子らの顔でも見てごらんよ。来た時にはお腹を空かした顔よ、帰る時には生き生きしちょるじゃろ。
違うでしょ。食前と食後いうたら。あれを見ると、せんにゃいけんと思うよ(笑)。
で、かわいいじゃろ。そう思わん?」

『困ってるひと』表紙

『困ってるひと』 大野更紗(2011)

コツン、ずりっ。コツン、ずりっ。
杖の音、私が身体をひきずる音。
二年前のわたしの足音は、違った。
コツコツ、コツコツ。もしくは、ガシガシ、ガツガツ。
誰の痛みもわからなかった。何も知らなかった。
今はすこしだけ、わかるよ。ひとが生きることの、軽さも、重さも、弱さも、おかしさも、いとしさも。

『こんな夜更けにバナナかよ』表紙

『こんな夜更けにバナナかよ』筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち 渡辺一史(2013)

僕はボランティアっていうのは、鹿野さんの生活において、たいした存在にならなければならないだけ、よいのではと思うようになりました。たいした存在じゃないというのは、日常というか、普通のものというか、そういうもの。ちょっと理想っぽいけど、そう思います。

『注文をまちがえる料理店』表紙

『注文をまちがえる料理店』忘れちゃったけどまちがえちゃったけどまあいいか 小国士朗(2017)

「注文をまちがえるなんて、変なレストランだな」
きっとあなたはそう思うでしょう。

私たちのホールで働く従業員は、
みんな認知症の方々です。
ときどき注文をまちがえるかもしないことを、
どうかご承知ください。

(中略)

「こっちもおいしそうだし、ま、いいか」
そんなあなたの一言が聞けたら。
そしてそのおらかな気分が、
日本中に広がることを心から願っています。

『つかう本』表紙

『つかう本』脳卒中リハビリ病院の本棚から生まれた、「やってみる」本のガイドブック 幅允孝 監修(2009)

手が動くことよりは、動いた手で何をつかむのかが大事だと考える僕は、もっと愉し気な「教材なる本」があってもいいのではと考えました。そこに、この『つかう本』の起源があります。
この本は、千里リハビリテーション病院のライブラリー本棚に並ぶ本たちの断片を集めてできています。

『女王さまの夜食カフェ』表紙

『女王さまの夜食カフェ』マカン・マラン ふたたび 古内一絵(2016)

「言いたい人にはなんでも言わせておけばいいのよ。だって関係ない人から見たら、それこそあたしなんて、ただのおかまじゃないの」
(中略)
「だからね」
(中略)
「あなたも、自分のことを“だだの”とか“つまらない”とか言っちゃ駄目。それは、あなたが支えている人や、あなたを支えてくれる人たちに対して、失礼よ。」

『ようこそ、難民!』表紙

『ようこそ、難民!』100万人の難民がやってきたドイツで起こったこと 今泉みね子(2018)

「あのときは、ちょっとムッとしたけれど、いまならわかる気がするわ。人によって、時間の感覚だってちがうのよ。太陽に合わせて、ゆったりと生きている人も世の中にはいるんです。せかせかと生きるのではなく、自然のリズムに合わせてゆったりとくらす。そんな生き方だって、尊重すべきなんじゃないかしら」

能狂言面展(後期)

能の面は、尾張津島天王祭の朝祭りでも使われるなど、古くから親しまれています。
今回は神島田面打会の協力のもと、狂言やお祭りで使われる面を展示し、あわせて面の作成行程や道具も紹介します。この機会に面の魅力や能・狂言の世界をご堪能ください。

  • 展示は前後期の二期制となります。
    前期:12月5日(水)~1月20日(日)
    後期:1月21日(月)~2月25日(月)
  • 前期・後期で全面の入れ替えを行います。





杉本健吉、津島を描く。

企画展示「杉本健吉、津島を描く。」全景

2019年で、杉本健吉が98歳で亡くなってから15年となります。
このたび「本物の杉本健吉の絵を多くの方に観て頂きたい」と、所蔵している方より作品2点をお借りして「杉本健吉、津島を描く。」を開催する運びとなりました。
今回の展示にあたり、杉本美術館には作品画像の提供をはじめ、多くのご協力を頂きました。あらためてお礼申し上げます。

2月6日に、画像提供いただいた「下新田の藤」を追加展示しました。
こちらは個人所有作品です。

この展示は2月末まで展開予定です。

「下新田の藤」制作年不詳 油絵

「下新田の藤」制作年不詳 油絵

津島を描いた画家・杉本健吉

杉本健吉さん

1905(明治38)年9月20日、名古屋市矢場町に生まれる。
父は人形浄瑠璃三味線師匠の杉本銀次郎。津島・名古屋・大垣・笹島と転校を重ね、津島第一尋常小学校(現在の津島市立南小学校)を卒業。愛知県立工業学校図案科を卒業後、図案家として鉄道会社のポスターなど商業デザインの仕事を手掛けた。
1925年、京都で岸田劉生の門下となり、翌年に「花」で春陽会初入選、1928年に津島町公会堂(橋詰町)で初個展を開催。1949年、東大寺観音院住職・上司海雲師の知遇を受け、奈良の風物を描いたことから“奈良の杉本”と評される。
1950年から週刊誌に連載された吉川英治作『新・平家物語』で挿絵を担当し、高い評価を受けた。
2004年2月10日、98歳で死去。今年、2019年は没後15年にあたる。

さて、杉本画伯は「リュック背負って、イーゼルを提げて」というスタイルで名古屋市瑞穂区の自宅から電車を乗り継ぎ、しばしば津島へスケッチに訪れていたそうです。
杉本画伯が描いたのは、天王川公園、津島神社、そして天王祭と、私たちにとって身近な、そして大切なものばかり。「第二の故郷は津島」と自ら語っていた杉本画伯が津島を描いた作品を幾つかご紹介します。

「津島天王祭」

「津島天王祭」1961年 キャンバス、油彩

「津島天王祭」

「津島神社社頭」製作年不詳 油、板

「津島天王川」

「津島天王川」1998年 紙、水彩

「津島天王祭」

「津島天王祭」1999年 紙、水彩

杉本健吉、もうひとつの“仕事”

今年で没後15年――「杉本健吉」の名前を知らない世代も多いかと思います。しかし、この地域に住む人なら、今も必ず杉本健吉作品を目にしているはず。

「見たことない」とは言わせません!“グラフィックデザイナー・杉本健吉”の作品をまとめて紹介します。

「青柳ういろう」ロゴマーク

名古屋のお土産といえば、「青柳ういろう」

「名古屋市営地下鉄」シンボルマーク

名古屋市営地下鉄のシンボルマーク

「名鉄タクシー」の車両

名鉄タクシーの車両

名鉄電車の車両の赤色「スカーレットレッド」

名鉄電車の車両の赤色「スカーレットレッド」

名鉄百貨店の旧ロゴ

名鉄百貨店の旧ロゴ
(2014年、開業60周年記念で復活していました)

杉本画伯が残した作品は、今も私たちの身近な場所で生き続けています。

ちなみに、このような「図案家」としての仕事は杉本画伯にとって“経済的な基盤”となったそうです。

「津島第一尋常小学校・卒業制作」について

「津島第一尋常小学校・卒業制作」

1918(大正7)年、杉本健吉13才の作品を少し解説してみましょう。

1.書を読む。

「津島第一尋常小学校・卒業制作」書

書には、明治天皇が日露戦争の開戦時に詠んだ御歌が書かれています。

国を思ふ 道にふたつは なかりけり 軍(いくさ)の庭に 立つも立ゝぬも

その意味は、「戦場に出て働くのも、国内に居て働くのも、国を思う道に何の変わりもない。めいめいがその職分を尽くすことが、忠節となるのである」というものです。

2.絵を観る。

杉本少年が描いた頃の「津島神社」の写真をご紹介します。
作品と写真を並べてみると、松や社殿など、特徴をとらえて描かれていることが伝わるかと思います。

13才の杉本画伯が描いた「津島神社」

13才の杉本画伯が描いた「津島神社」

1913(大正2)年・津島神社

1913(大正2)年・津島神社

明治後期・津島神社正殿前

明治後期・津島神社正殿前

津島第一尋常小学校

1.津島第一尋常小学校について

津島第一尋常小学校・校舎

津島第一尋常小学校・校舎

写真の校舎は1895(明治28)年に今市場町に竣工したもの。
1500円の建築費(その年の津島町歳入は約3300円)をかけた立派な校舎で、各地を巡察していた文部省次官から「日本一の小学校なり」と称賛を受けたというエピソードが残っています。

当時、津島第一尋常小学校は今市場町にありました。現在、南小のある常磐町へ移転したのは昭和13年のこと。日中戦争の只中での移転でした。

津島町地図(明治末~大正)

津島町地図(明治末~大正)

2.思い出を語る

さて、杉本画伯が小学校を卒業してから80年以上の時が流れ……
2000(平成12)年11月3日、津島市立図書館の開館記念事業として、母校・南小学校の体育館でトークショーを開催。市民ら約500人を前に「私の津島」と題して、小島廣次さんとの対談を披露しました。

津島市立図書館開館記念式典での杉本氏

御年95才の杉本画伯は小学校時代の思い出をこんな言葉で語っています。

昔、よく(絵の)張り出しをされて、それが嬉しくてね。子どもの時に張り出しをしてくれるのはねぇ、いいものだよ。 だから褒めなきゃだめだよ

「天王川公園」を歩く。

「天王川公園」

「天王川公園」は1933(昭和8)年、杉本健吉28才の作品です。
杉本画伯も歩いた懐かしい「天王川公園」。少し散歩してみましょうか。

天王川公園猿尾と北堤(明治後期)

天王川公園猿尾と北堤(明治後期)

杉本画伯が、少年時代に目にした風景に近い頃の写真がこちら。
明治時代の天王川は「公園」というイメージから程遠い風景ですが、それは当然!「天王川公園」は1920(大正9)年に開設。来年2020年に100周年を迎えます。

1921(大正10)年頃の津島天王川畔の桜
1921(大正10)年頃の津島天王川畔の桜

1921(大正10)年頃の津島天王川畔の桜

「天王川公園」が描かれた頃の写真。
こちらは現在の風景に近いでしょうか?

津島町切図(天王川公園付近)・ 1936(昭和11)年

津島町切図(天王川公園付近) 1936(昭和11)年

1936(昭和11)年の地図には、今はなき「町営運動場」や「動物舎」の名が!!
ちなみに「片岡春吉翁像」はこの年に建設されたものですが、1943(昭和18)年「金属類改修令」により接収。現在の像が再建されたのは1953(昭和28)年のことです。

2000年11月22日の中日新聞夕刊

こちらは2000年11月22日の中日新聞夕刊。天王川公園のクロマツが、松くい虫によって危機に瀕していることを紹介する内容が掲載されています。
この記事の中で杉本画伯は「手を尽くして枯れることは仕方ないが、手をこまねいていて枯れたら無念。」とコメントを寄せています。この時、杉本画伯は95才。「天王川公園」への熱い思いが伝わってきますね。

「画家」として生きる。

先程の地図を見ると、天王川公園北岸には、杉本画伯が人生初の個展を開催した「津島町公会堂」が確認できます。杉本画伯が人生で初めての個展を開催する場所は「天王川公園」の近くである“必然”がありました。

話は少年時代に遡ります。以下は、杉本画伯の評伝からの抜粋です。

『生きることは描くこと』書影

杉本は、小学校の帰り道や住まいの近くの風景を題材によくスケッチに出かけた。その折、津島中学校(旧制)の出身で、東京美術学校卒業後、文展や光風会で活躍していた洋画家の加藤静児の姿を度々見かけたという。ある時、スケッチで一緒になった加藤に思い切って画家になりたい思いを告げて助言を求めた。加藤からは「絵は趣味でやり、生活を支える職業は図案家として勉強しなさい」という言葉が返ってきた。それは画家を夢見る少年にとって予想もしない言葉であったと思われる。

『生きることは描くこと 杉本健吉評伝』木本文平/著 より

加藤静児氏の“助言”が、杉本少年の心にどの程度の重みを与えたかは分かりませんが、この後、愛知県立工業学校図案科に進学。図案家として順調に歩み始めます。
しかし、1923(大正12)年、洋画家の岸田劉生と出会い、その2年後に20才で入門。
“太陽を見るような感じがしました”と後に語った岸田劉生との出会いをきっかけに、「画家」として生きることを決意します。

「津島千本松原」1917年 油絵・板

「津島千本松原」1917年 油絵・板

「津島千本松原」は、小学校時代の作品です。加藤静児氏に出会ったのもこの頃でしょうか?
ハガキの1.5倍ほどの小さな作品ですが、油絵の特質である色を何層も重ねる画法が用いられていて、小学生の手によるものとは思えない出来栄えです。こちらは、現在も美浜町にある杉本美術館に所蔵されています。

1928(昭和3)年、23才になった青年・杉本健吉は人生初の個展を開催します。会場となった津島町公会堂の眼下には、少年時代に通った天王川公園が広がっていました。
ちなみに、この建物の1階は1935年に図書館となります。

津島町公会堂 外観

津島町公会堂(橋詰町)

絵日記に描かれた地図 ~津島の記憶~

絵日記に描かれた津島地図

この地図は、95歳となった杉本画伯が、2000年に久しぶりに津島を訪れた際に、当時を思い起こして絵日記に描いたものです。杉本画伯が残された213冊の絵日記の一部から杉本美術館より画像提供頂きました。
画伯が描いた地図を少しだけ覗いてみましょう。

上部に「津島駅」が2つ

昭和6年に統合されるまで、尾西鉄道「津島駅」と名古屋鉄道「新津島駅」、2つの「津島駅」がありました。
当時の地図を見ると、確かに2つの駅舎(赤丸で囲った箇所)が存在しています。

大正時代・津島町図(部分)

右下「津島第三中学校」の横の部分に「三中に或る年の正月夜大火あり 見に行く」

これは、大正9年1月1日に発生した「第三中学校の大火」を指します。
第三中学校は、現在の津島高等学校のこと。
校舎は完全に焼け落ちてしまい、何も残っていないことが、写真から伝わります。

大火翌日の写真

杉本画伯は絵日記について、このような言葉を残しています。

絵日記は、
昭和二十九年から二〇〇冊を越しました。
毎日描くわけではありません。
とにかく力んじゃダメです。

『余生らくがき』より

書棚に残された絵日記

1月の本

新しい年の始まりです。「1月に関する本」を集めました

「1月の本」コーナーの掲示と本
「1月の本」コーナーの本
「1月の本」コーナー

現在コーナー7では、1月に関する本を集めた「1月の本」を展開しています。
今後、毎月ごと季節に合った本を紹介していく予定です。

  • 駅伝

    毎年1月2日から3日にかけて「箱根駅伝」が行われます。「箱根駅伝」が誕生したのは1920(大正9)年。つまり、来年2020年には「箱根駅伝」100周年を迎えることとなります。99年目の今年、一本の襷(たすき)がどんなドラマを紡ぐのか、楽しみですね。「走る」がテーマの小説やエッセイもあわせてご紹介します。

  • 新しい年になって、はじめて見る夢を「初夢」といいます。「一富士、二鷹、三茄子」という言葉があり、どれかが初夢に出てくると縁起がいいといわれています。皆さんは今年、どんな「初夢」を見ましたか?「夜に見る夢」とともに、「昼に見る夢」の本もご紹介します。今年も、夢いっぱいの一年となりますように。

  • ジャズ

    1月22日は「ジャズの日」です。1月を英語で書くと「January」であり、この頭文字の「Ja」そして、「zz」が「22」に似ていることからジャズクラブのオーナーらが制定しました。
    原則として、ジャズの演奏はコード進行を大まかに決めるだけで、それ以外は全てアドリブです。そんな自由な精神がジャズの最大の魅力といえそうです。

  • 野菜

    「1」を「アイ=愛」、「31」を「サイ=菜」と読む語呂合わせから、1月31日は「愛菜(あいさい)の日」とされています。野菜の摂取量が少なくなりがちな冬に野菜をもっと食べてほしいという願いから、食品会社が制定しました。
    1月は、冬野菜が美味しい季節です。たくさん野菜を食べて、元気な冬を過ごしましょう。

  • ロケット

    1959(昭和34)年1月2日、当時のソビエト連邦が世界初の月ロケット「ルナ1号」の打ち上げに成功。月から6500㎞の所を通過して月面を観測した後、太陽の周囲を廻る軌道に入り、初の人工衛星となりました。
    今年はロケット打ち上げから60年。時には夜空を見上げて、宇宙に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

  • 冷えとり

    2019年の大寒は1月20日です。一年で最も寒くなる大寒ですが、“寒仕込み”といって、寒天や酒、味噌などを仕込むには最も良い時期とされています。私たち人間も、冬はたくさん本を読んで “寒仕込み”の季節にしてみませんか?
    そのためには風邪をひかないようにしないといけません!身体が温まる本をご紹介しますね。

  • 上杉謙信

    1567年1月11日、今川氏と北条氏により塩が入らないよう「塩留め」をされていた武田信玄の領地・信濃に、越後の上杉謙信から送られた塩が届きました。上杉謙信は武田信玄のライバルでしたが、領民の苦しみを見過ごせなかったのです。
    このことは「敵に塩を送る」という言葉の語源となっています。

  • 1月6日は、「い(1)ろ(6)」の語呂合わせで「色の日」です。
    私たちの周りには多くの色があり、一人一人に好きな色があるのではないでしょうか。好みや考え方は人によって異なることを意味する「十人十色(じゅうにんといろ)」という言葉には、「色」という言葉の持つ深い意味が込められているようにも思います。

1月21日(月)22:00~24:00 WebOPACがご利用いただけません

システムメンテナンスにともなうWebOPAC停止のお知らせ

1月21日(月)22:00~24:00の間、システムメンテナンスによりWebOPAC(資料検索、貸出・予約状況の確認、マイ本棚など)がご利用いただけません。

ご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いいたします。

能狂言面展(前期)

能の面は、尾張津島天王祭の朝祭りでも使われるなど、古くから親しまれています。
今回は神島田面打会の協力のもと、狂言やお祭りで使われる面を展示し、あわせて面の作成行程や道具も紹介します。この機会に面の魅力や能・狂言の世界をご堪能ください。

  • 展示は前後期の二期制となります。
    前期:12月5日(水)~1月20日(日)
    後期:1月21日(月)~2月25日(月)
  • 前期・後期で全面の入れ替えを行います。





言ノ葉ヲ聴ク。- 追悼2018 –

コーナー8「言ノ葉ヲ聴ク。― 追悼2018 ―」コーナー
コーナー8「言ノ葉ヲ聴ク。― 追悼2018 ―」コーナー掲示と本
コーナー8「言ノ葉ヲ聴ク。― 追悼2018 ―」コーナー本棚

2018年も間もなく終わりです。今年も多くの方との別れがありました。遺された言葉に耳を澄ましてみましょう。
さようなら、そして有難う。

  • たかしよいちさん

    児童文学作家・恐竜の絵本が人気(1月7日逝去)

  • 森山 京さん

    児童文学作家・『きいろいばけつ』など(1月7日逝去)

  • ル=グウィン

    作家・『ゲド戦記』が世界的な人気(1月22日逝去)

  • 野中広務さん

    政治家・官房長官などを歴任(1月26日逝去)

  • 加藤 廣さん

    作家・『信長の棺』などが話題に(4月7日逝去)

  • 衣笠祥雄さん

    プロ野球選手・2215試合連続出場を記録(4月23日逝去)

  • 竹本住太夫さん

    人形浄瑠璃文楽大夫・人間国宝(4月28日逝去)

  • 古川 薫さん

    作家・『漂泊者のアリア』で直木賞(5月5日逝去)

  • 津本 陽さん

    作家・代表作『下天は夢か』など(5月26日逝去)

  • 辰巳 渚さん

    『「捨てる!」技術』がベストセラー(6月26日逝去)

  • 桂 歌丸さん

    落語家・TV番組「笑点」でも活躍(7月2日逝去)

  • ウスペンスキー

    「チェブラーシカ」シリーズ作者(8月14日逝去)

  • 大塚勇三さん

    児童文学作家・『スーホの白い馬』など(8月18日逝去)

  • 樹木希林さん

    個性派女優としてTVや映画で活躍(9月15日逝去)

  • 下村 脩さん

    2008年にノーベル化学賞受賞(10月19日逝去)

12月の本

そろそろ今年も終わりです。「12月に関する本」を集めました

「12月の本」コーナーの掲示と本
「12月の本」コーナーの本
「12月の本」コーナー
  • お正月準備

    12月は締めくくりの月。新しい年を迎えるための準備をする月です。昔から12月13日を「正月事始め」といい、正月準備を始める日とされています。新しい年を「迎える」と表現するのは、元旦に歳神様を家にお迎えするからです。何かと気忙しい年の暮れですが、楽しくお正月準備をするための本をご紹介します。

  • クリスマス

    12月が近づくと、街中がキラキラとクリスマスの装飾で飾られます。クリスマスは世界中で行われるお祭りですが、日本でクリスマスを祝うようになったのは明治時代以降のこと。日本では、クリスマスの楽しみ方が時代の流れと共に移り変わっており、最近では家族や友人と自宅で楽しむのが人気となっているそうです。

  • 奇術

    「よーく見てください、1(ワン)2(ツー)3(スリー)、はい消えました!」という奇術の定番の掛け声から、日本奇術師協会が12月3日を「奇術(マジック)の日」と制定しました。
    奇術には長い歴史があり、古代エジプトの壁画にも「カップ&ボール」という定番手品を披露する姿が描かれているそうです。

  • 漢字

    12月12日は「漢字の日」です。1(いい)2(じ)1(いち)2(じ)「いい字一字」の語呂合わせを日付の由来として、日本漢字能力検定協会が制定しました。また、この日は京都の清水寺で「今年の漢字」の発表と奉納が行われることでも知られています。
    さて、今年はどんな漢字となるでしょうか?

  • 忠臣蔵

    1702(元禄15)年12月14日は、赤穂浪士が討ち入りをした日です。
    年末の時代劇といえば「忠臣蔵」が定番ですが、「大石内蔵助」や「吉良上野介」、「浅野内匠頭」といった名前を知らない若い方も多いかと思います。多くの芝居や小説となっている「忠臣蔵」。長く日本人に愛される物語に触れてみませんか?

  • 平成

    現在の天皇陛下(昭仁さま)は来年4月30日に退位されることになっているため、12月23日が天皇誕生日となるのは今年が最後です。
    来年は皇太子徳仁さまが天皇として即位されるため、天皇誕生日も変更となります。皇太子徳仁さまの誕生日は2月23日。よって、2019年は天皇誕生日が存在しない一年となります。ビックリ!

  • 映画

    1896(明治29)年12月1日は、神戸市において日本で初めて映画が一般公開された日です。映画といってもスクリーンに映写されるタイプではなく、エジソンが発明した一人ずつ覗き込む「キネトスコープ」と呼ばれるものでした。現在、この日は「映画の日」として、入場料割引サービスやイベント等が行われています。

  • デパート

    12月20日は「デパート開業の日」です。1904(明治37)年のこの日、東京・日本橋の三越呉服店が日本初のデパート形式での営業を開始しました。実際の営業開始日は21日でしたが、顧客に開業を告知した「デパートメントストア宣言」という文書を送付したのが20日だったので、この日を記念日としたそうです。

『町のけんきゅう』を研究する。

『町のけんきゅう』 に登場する津島

『町のけんきゅう』表紙

『町のけんきゅう』 とは?

2000年に福音館書店から出版された児童書『町のけんきゅう』は、1974~99年にかけての人々の暮らしや風俗を観察・採集し、ありのままを記録した「考現学採集」をもとにした本です。

『町のけんきゅう』の絵を担当されたのは、津島市出身の画家で絵本作家の伊藤秀男さん。ページをめくると、少し懐かしい津島の風景がたくさん登場します。皆さんも、本の中の「津島」を一緒に探してみませんか?

昭和38年(1963)年の津島市産業観光案内図

昭和38年(1963)年の津島市産業観光案内図

  1. 津島駅
  2. 喫茶ボン
  3. 道具・戎利
  4. 山内カメラ・とうふの豆芳桔梗屋
  5. 津島神社参道石碑カネ長
  6. 玉川屋
  7. 江崎屋商店
  8. 蔵の道
  9. 割田屋酒造

表紙

『町のけんきゅう』表紙

昭和53年の住宅地図を覗くと……

昭和53年・津島駅周辺の住宅地図

  • 津島駅
  • 喫茶ボン

津島駅

作中で描かれているのは、昭和6(1931)年に新築されたモダンな津島駅舎。
昭和43(1968)年に津島駅が高架化されるまで、津島の表玄関でした。

津島駅

津島駅だ!

津島駅と名鉄バス

津島駅、名鉄バス(昭和34年)

駅前通りから見る津島駅舎

駅前通りから見る津島駅舎(昭和40年頃)

喫茶ボン

残念ながら「喫茶ボン」の写真は見つからなかったので、昭和60年11月9日の讀賣新聞に掲載された「ハーキュリーズ通り」を特集した記事を紹介します。

『町のけんきゅう』で描かれた喫茶ボン

看板に「ボン」って書いてあるよ。描かれているのは「喫茶ボン」だね!

「ハーキュリーズ通り」の特集記事

P.2~3

『町のけんきゅう』P.2~3

昭和53年の住宅地図を覗くと……

昭和53年の住宅地図

  • 道具・戎利
  • とうふの豆芳
  • 山内カメラ
  • 桔梗屋

道具・戎利

「道具・戎利」は現在も営業中です。
残念ながら当時の写真は見つからなかったので、現在の写真を紹介します。


「戎利」って書いてあるよ

現在の「道具・戎利」

現在の「道具・戎利」

「道具・戎利」の看板

当時の面影をとどめているね!

とうふの豆芳山内カメラ

残念ながらこちらの2店も当時の写真は見つかりませんでしたので、地図のみのご紹介となります。

「とうふの豆芳」の看板
「とうふの豆芳」の看板

「山内カメラ」
「山内カメラ」

桔梗屋

桔梗屋は現在も営業中です。
明治38(1905)年の広告と、現在の写真をご紹介します。

『町のけんきゅう』の桔梗屋

「桔梗屋」だ!

現在の桔梗屋

現在の桔梗屋

桔梗屋広告(明治38年)

明治38年・桔梗屋広告

P.4~5

『町のけんきゅう』P.4~5

昭和53年の住宅地図を覗くと……

  • 津島神社参道石碑
  • 玉川屋

津島神社参道石碑

当時の活気が伝わる石碑前の写真と、現在の石碑前。石碑は昔から変わりませんが、撮影時に人影はありませんでした。


「参道」って読めるかな?

参道石碑(昭和51年頃)

現在の参道石碑

玉川屋

ショーケースにもご注目

「玉川屋」の写真は残念ながら見つからなかったので、平成元年10月2日の朝日新聞に掲載された記事を紹介します。


“重箱うどん”って書いてある!


「玉川屋」の暖簾だよ

お店の壁にはサイン色紙がいっぱい!

“重箱うどん”、深堀り!

「今吉」の“重箱うどん”

“重箱うどん”は、江戸中期からこの地に伝わる漆塗りの重箱に入った具だくさんの手打ちうどんです。うどんの上には、だし巻・湯葉・エビ・地鶏・椎茸・ホウレン草などの具がたっぷり乗ります。
作品に登場する「玉川屋」や「水鶏庵」が重箱うどんの伝統を守っていましたが、残念ながらどちらも廃業。現在は「今吉(いまきち)」で味わうことが出来ます。

俗謡「大津江節(おおつえぶし)」では次のように謡われました。

♪ 津島名物 数々あれど くつわに蓮根 重箱うどん

ちなみに津島出身の画家・杉本健吉さんも重箱うどんがお気に入りだったようで、2000(平成12)年に講演のために招かれた際には「久しぶりに重箱うどんでもいただこうかな」と快諾した、という微笑ましいエピソードが残っています。

P.10

昭和53年の住宅地図を覗くと……

江崎屋商店

「江崎屋商店」の写真は見つかりませんでしたが、とてもオシャレな広告や商標を紹介します。

「江崎屋商店」の看板だね!

明治45年・江崎屋商店商標

明治38年・江崎屋広告

昭和12年・江崎屋商標

明治45年・江崎屋商店商標

明治中期・引き札(木版広告)

昭和12年・江崎屋商標

P.12

蔵の道

小之座通りは、「蔵並み」が見えることから「蔵の道」とも呼ばれています。
蔵の石垣には「打ち出の小槌」などの縁起物を模した石がさりげなく配置されており、当時の職人の遊び心を感じます。

『町のけんきゅう』P.12

昭和53年の住宅地図では

昭和53年の住宅地図

このあたりが「蔵の道」です


打ち出の小槌、わかるかな?

蔵の道(昭和40年代)

現在の蔵の道

絵とそっくりな「打ち出の小槌」

ちょっと寄り道……

“新鯛”を探せ。

良い水や良い米に恵まれた水郷地帯という地の利に津島神社信仰が相まって、津島は古くから酒造りが盛んなまちでした。

江崎屋商店に並んでいる酒瓶にご注目

“新鯛”の酒瓶

蔵の道に描かれているお店にもご注目

“新鯛”の看板

割田屋酒造と新鯛

筏場町にあった「割田屋酒造」は、天保元(1830)年創業の老舗造り酒屋。
“新鯛”、“超然”の銘柄は人気が高く、多くの人に愛されていました。

割田屋酒造(平成4年)

割田屋酒造商標(大正2年)

津島神社ではスサノオノミコトの八頭大蛇の故事に因み、朝祭の5日前に一夜酒が造られます。
夏季の災いを祓除けるとの信仰がある一夜酒を拝受しようと翌日早朝には多くの人が並びます。

一夜酒に並ぶ行列!

P.16

海部牛乳

明治期に創業された津島市の牛乳メーカー・海部牛乳。佐脇養生社、海部畜産興業、海部牛乳と社名を変えましたが、平成13(2001)年に廃業しました。

昭和53年の住宅地図では

海部牛乳はここ!(昭和61年)
『空から見た尾張・愛知県航空写真集』より

箱に「海部牛乳」と書いてあるよ。

絵とそっくりな海部牛乳の牛乳箱

海部牛乳の瓶蓋

P.22

カネ長

津島神社参宮石碑のすぐ前にあった川魚専門店「カネ長」。
障子戸のある木造二階建ての店をご記憶の方も多いはずです。在りし日の写真をご紹介します。

生け簀には川魚がいっぱい!
魚屋といえば「カネ長」かな?

昭和53年の住宅地図では……


カネ長(平成4年頃)

“川魚文化”を知ろう

カネ長の店頭にご注目

もろこ
もろこだ!

鯰のかば焼きが名物の朝日屋

かつて津島には川魚店がいくつもあり、フナ・コイ・ナマズ・ウナギ・モロコなどが生きたまま売られていました。この地方一帯は、木曽川の下流できれいな水が網の目のように流れていたので、色々な川魚が捕れました。もろこ寿司、鯰の蒲焼、鮒味噌などの川魚料理を召し上がったことのある方も多いはずです。

もろこ寿司

鯰の蒲焼

朝日屋商標(昭和12年)

津島市出身の詩人・金子光晴は「鯰の味」と題したエッセイを著しています。

僕は、津島のことを人にきいて、だいたいを知ったところによれば、たいへんな泥ぶかいところで、鯰や、うなぎや、鰌や、にょろにょろ、ぬらぬらしたものがいっぱいいるところのようで、ちょっと、行ってみたいという気にはならず、半世紀が経ってしまった。鯰への原郷愁か。
(中略)
半世紀ぶりで、津島を訪れたときも、ゆく先にたずねる人があるわけではなく、待っている人があるわけではなし、(中略)「なまず丼」というのがめずらしく、泥の中の魚は、案外、美味なものである。それには、なにかサンボリックな意味がふくまれているようである。

『金子光晴全集』第8巻 「鯰の味」

津島市出身の画家・絵本作家 伊藤秀男さん

『町のけんきゅう』を描いた伊藤秀男さんは、1950年に津島市で生まれました。1976年の初個展以来、全国各地で個展を開き、1991年に出版された『海の夏』(ほるぷ出版)で第41回小学館絵画賞、2002年、『けんかのきもち』(文/柴田愛子, ポプラ社)で第7回日本絵本大賞を受賞。2010年、『うしお』(ビリケン出版)で「IBBYオナーリスト(優良作品)」に選出され、スペインでの授与式に出席しています。
2016年には、『タケノコごはん』(文/大島渚, ポプラ社)で第21回日本絵本賞を受賞。ほかに、『さばうりどん』『うみのむにゃむにゃ』『おうしげきだん』『虔十公園林』などの絵本で知られています。

『海の夏』表紙
『うしお』表紙
『けんかのきもち』表紙
『タケノコごはん』表紙

海部・津島が舞台となっているその他の伊藤秀男さんの作品について

『ひみつのなつまつり/こどもザイレン』表紙

『ひみつのなつまつり/こどもザイレン』

1989年に出版された『ひみつのなつまつり/こどもザイレン』は、7月下旬~8月にかけて、尾張西部、特に木曽川流域を中心に行なわれる祭礼「子供ザイレン(「オミヨシサン」ともいいます)」を題材とした作品です。「オヤブン」とよばれる年長の子どもが大活躍します!

バスの車内の場面には「天王祭」のポスターが!

少し懐かしい名古屋のデパートの屋上

『うしおくんとはすひめちゃん』表紙

『うしおくんとはすひめちゃん』

『うしおくんとはすひめちゃん』では、蓮田の風景や愛西市特産のレンコンが登場します。

伊藤秀男さんの作品は「ふじいろ文庫」でご覧頂けます。こちらも是非ご覧下さい。

コーナー5「クリスマス」

もうすぐクリスマス、まちがキラキラかがやくきせつです。
わくわくとどきどきがいっぱい、クリスマスのおはなしを集めました。

コーナー3「よるのせかい・ハロウィン」

読んでくれなきゃいたずらしちゃうぞ! 今年もハロウィンが近づいてきました。
少しずつ夜の時間も長くなっています。秋の夜長をたのしむ絵本を集めました。

第2回ボタニカルアート展

企画展示「第2回ボタニカルアート展」

伊藤みゆきさんのボタニカルアート作品15点をご紹介します。

ボタニカルとは「植物の、植物学の」という意味。
つまり、ボタニカルアートは「植物学的な絵画」のことです。
「植物細密画」ともいい、植物図鑑の絵などがこれにあたります。

今回の展示は、植物の葉と実の美しさ表現した作品を揃えました。植物たちの声に耳を澄ませてみてはいかがでしょうか。

また、当館で開講中の「ボタニカルアート入門講座」を受講されている生徒さんの作品も展示しています。ぜひ併せてご覧ください。

パネルの内容はこちら(PDF:189KB)

企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」
企画展示「第2回ボタニカルアート展」

10月の本

「10月に関する本」を集めました

「10月の本」コーナー
「10月の本」コーナーの本
「10月の本」コーナーの本

入口ゲート付近のコーナー7では、10月に関する本を集めた「10月の本」を展開しています。
今後、毎月ごと季節に合った本を紹介していく予定です。

  • ノーベル賞

    ダイナマイトの発明で知られるアルフレッド・ノーベルの遺言により「人類の幸福に貢献した人」に贈られるノーベル賞。今年のノーベル賞は、10月1日~8日にかけて「生理学・医学賞」から順次発表される予定です。ちなみに、選考委員の不祥事により今年のノーベル文学賞の発表は見送られることが決定しています(今年のノーベル文学賞の受賞者は来年2019年の受賞者と共に発表する方針)。
    日本人の受賞はあるかな、と何となくウキウキするノーベル賞発表ですが、今年は2年ぶりの快挙となるでしょうか?あわせて少し懐かしい過去の日本人受賞者の本もご紹介します。

  • メガネ

    1997年に日本眼鏡関連団体協議会が、毎年10月1日を「メガネの日」に制定しました。10月1日が“1001”と表記することができ、両端の“1”を「メガネのツル」、内側の“0”を「レンズ」に見立てて「一〇〇一」とメガネの形を表していることが由来となっています。
    今も昔も、メガネは人をミステリアスな存在に見せる効果があるようです。1571年にフランシスコ・カブラルという宣教師が美濃国・岐阜で織田信長と対面した際に、カブラル師が近視のためメガネを掛けていたので「目が4つある」と皆が大変に驚いた、という記録がルイス・フロイスの『日本史』に残されています。

  • あかり

    1879年10月21日、発明王エジソンが日本の竹を使ってフィラメントを作り、白熱電球を完成させたことから、10月21日は「あかりの日」とされています。
    今年の10月19日~21日の3日間は「第1回尾張津島お月見灯路」が開催され、津島市内の霊場が灯篭の灯りで飾られるほか、楽しいイベントが津島神社を中心とした市内のあちこちで行われます。
    また、津島ゆかりの彫刻家イサム・ノグチは、時代を越えて世界中で愛されている「AKARI」と題した照明器具をデザインしました。今年の秋の夜長は、津島にも縁のある「あかり」を楽しんでみてはいかがでしょうか。

  • 火星

    1938年10月30日、アメリカで「火星人来襲」というラジオドラマが放送されました。火星人が来たことを伝えるための「臨時ニュース」が番組の途中で入るという演出でしたが、ラジオを聞いた人々はこれを本当のニュースだと思いこみ、大騒ぎになったそうです。ちなみに、このラジオドラマを作った演出家オーソン・ウェルズは、人々を信じ込ませた才能が認められ、俳優や映画監督として活躍しました。
    今年7月には、火星と地球が大接近する「火星大接近」が大きな話題となりました。また、「火星」をテーマとした音楽や小説、映画は現在もたくさん制作されています。私たち人類は、これからも「火星」に特別な気持ちを抱き続けるのでしょうね。

  • 平安遷都

    794(延暦13)年10月22日、桓武天皇が都を京都市に移し「平安京」と名付けました。10年前、現在の京都府向日市と長岡京市のあたりに「長岡京」が作られたばかりでしたが、長岡京の建設にあたった藤原種継(たねつぐ)の暗殺、天皇の弟の早良(さわら)親王の死などの不幸な事件が次々に起こり、怨霊のせいではないかと言う人も現れたため、京都に新しい都を作ったのです。
    平安神宮が完成した1895(明治28)年に始まった京都三大祭のひとつ「時代祭」では、京都に都が置かれた平安時代から明治のはじめまでの各時代の様々な人物に扮した約2000人が全長2㎞もの行列となって京都御所から平安神宮までを練り歩き、これからも平安であることを祈ります。

  • 出雲大社

    はるか昔から、10月には日本全国の神様が島根県「出雲大社」へ会議に出かけると考えられてきました。そのため10月は、神様が出かけてしまう土地では神様がいないので「神無月(かんなづき)」、反対に出雲の国は神様がたくさん集まるので「神在月(かみありづき)」となります。ただし神無月は旧暦10月のため、現在の暦に当てはめると毎年異なります(今年は11月8日~12月6日となるそうです)。
    出雲大社の神様は、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)という大地を象徴する神様です。毎年10月には八百万(やおよろづ)の神様を迎えて、人の運命や来年の天候、農作物の出来具合などを話し合っているといわれています。近年、パワースポットとしても人気を集める出雲大社。本を読んで知識を深めてみてはいかがでしょうか。

  • 新幹線

    1964年10月1日、「夢の超特急」と呼ばれた世界最速(当時)の電車「東海道新幹線」が開業しました。それまで特急で6時間以上かかっていた東京―大阪間を4時間で走り抜けた新幹線は、10月10日に開会式が行われる東京オリンピックに間に合わせるため、工事開始から僅か5年半で開業にこぎつけました。
    丸い鼻の「0系」車両は日本の技術力を集めたもので改良を重ねながら走りましたが、2008年に多くの鉄道ファンに見送られ引退しました。現在は、N700系が東京から新大阪間を2時間30分で走っています。

  • 読書週間

    10月27日から11月9日までの2週間は「読書週間」です。1924年から行われていた「読書連動週間」は戦争のために中止されましたが、1947年11月17日から「読書週間」が開催されました。「読書週間」は戦後に「読書の力で平和な文化国家を作ろう」と出版社と書店、公共図書館、マスコミが協力し、始められたものです。翌1948年からは、11月3日の「文化の日」を中心とした10月27日から11月9日までの2週間と定められ、全国に広がっていきました。
    「読書週間」の期間中、津島市立図書館でもたくさんのおはなし会を行います。どうぞふるってご参加下さい。

  • 食欲の秋

    今年も「食欲の秋」がやって来ました!
    魚や野菜、果物などが、最も美味しい時期やよくお店に出回る時期を「旬」といいます。10月はサンマやきのこ、さつまいも、栗、ギンナンなどが「旬」を迎える季節です。
    秋の食材のレシピをはじめ、読むとお腹が空いてくる「食」がテーマのエッセイも集めてみました。どうぞお召し上がりください♪

  • 豆腐

    1993(平成5)年、「10(とう)2(ふ)」の語呂合わせから「もっと豆腐を食べてもらいたい」という願いを込め、日本豆腐協会が10月2日を「豆腐の日」に制定しました。
    ところで豆腐は「豆が腐る」と書きますが、豆が腐るのは「納豆」ではないか、と疑問に思ったことはありませんか?「豆腐」がなぜ豆が腐ると書くのかを調べてみると、「豆腐」は中国から伝わった言葉であり、中国語の「腐」という字は「液状のものが寄り集まって固体となった、柔らかいもの」という意味で使われていることから「豆腐」という名前が付けられたそうです。
    奈良時代に中国より伝わり、江戸時代から一般庶民の食卓に登場した豆腐。最近ではヘルシー・フードとして、世界でも人気を集めています。

台風24号接近に伴う開館予定について

暴風警報発令に伴う開館時間の変更について

台風24号が09月30日(日)夕方から夜にかけて東海地方に最接近するとの予報が出されています。
図書館利用者の安全確保のため、暴風警報発令時は全館臨時休館といたします。

暴風警報が解除された場合、解除された時間帯により開館時間が変更となりますのでご注意ください。

暴風警報の解除時間 開館時間
7時までに解除 平常通り開館
7~11時までに解除 13時から開館
11~13時までに解除 15時から開館
13~15時までに解除 17時から開館
15時を過ぎても解除されない場合 休館

尾張津島お月見灯路

企画展示「尾張津島お月見灯路」

津島市立図書館では、「尾張津島お月見灯路」に先立って灯篭の展示を行っています。
京都の花灯路を模し、趣向を凝らして作られた灯篭です。

名古屋芸術大学の学生によるデザインを施した「あかり」作品をどうぞご覧ください。

この灯篭は「尾張津島お月見灯路」イベント期間中、各所に並びます。

「尾張津島お月見灯路」公式サイト

企画展示「尾張津島お月見灯路」
企画展示「尾張津島お月見灯路」
企画展示「尾張津島お月見灯路」

図書館文化祭

他人を感動させようとするなら、まず、自分が感動せねばならない。そうでなければ、いかに巧みな作品でも生命を持たない。(ジャン=フランソワ・ミレーの言葉より)





今年の夏は記録的な猛暑となりましたが、ようやく秋の気配を感じる季節となりました。
秋、といえば「芸術の秋」。というわけで、夏に開催した「図書館体育祭」に続いて、今年の秋は「図書館文化祭」を開催する運びとなりました。「文化祭」は、「音楽会」と「美術展」の二部構成となっています。
もちろん、ここは図書館ですので「本」が主役となります。「アート」と「本」の出会い、ご堪能下さい。

音楽会

  1. オープニング

    『くちびるに歌を』表紙

    混成合唱「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」 『くちびるに歌を』 中田永一

    運転席の窓をあけて松山先生は言った。
    「【くちびるに歌を持て、ほがらかな調子で】ってね。それをわすれないで」
    私たちがうなずくのを確認して、松山先生はエンジンをかけた。

    物語の舞台は、長崎県五島列島のとある小さな島の中学校。合唱部顧問の松山先生が産休に入るため、音大の同級生・柏木ユリが臨時教員となりやって来た。全国コンクールの課題曲「手紙~拝啓 十五の君へ~」の意味を見出すために、柏木先生は部員たちに15年後の自分に宛てた手紙を書く宿題を出す――。

  2. 第一部・ピアノは語る

    1. 『さよならドビュッシー』表紙

      Ⅰ.ドビュッシー「月の光『ベルガマスク組曲』より」 『さよならドビュッシー』 中山七里

      「審査員も観客も君の名前なんかには興味がない。君のピアノ、君が曲に込めた想いに共鳴したんだ。あんなドビュッシーは君にしか弾けない。それは、君だけが持ち得る力だ。音楽の神様が君だけに許した力だ」

      ピアニスト・岬陽介が登場する「岬陽介シリーズ」の第一作。祖父と従姉妹とともに火事に遭い、全身大火傷の重傷を負いながらもピアニストになることを誓う遥。コンクール優勝を目指して猛レッスンに励むが、不吉な出来事が次々と起こる。
      ちなみに、2018年はドビュッシー没後100年のメモリアル・イヤー。

    2. Ⅱ.シューマン「幻想曲ハ長調 作品17」 『シューマンの指』 奥泉光

    3. Ⅲ.ショパン「ノクターン第二番」 『ひとさし指のノクターン 車いすの高校生と東京藝大の挑戦 』

  3. 休憩

    フォーレ「シチリアーノ」(曲名は書かれていませんが、フルートの名曲として紹介します) 『おんがくねずみ ジェラルディン はじめておんがくをきいたねずみのはなし』 レオ=レオニ

    ほかの ねずみたちも この きせきを ききに あつまって きた。おんがくが おわると、いちばんの としよりねずみ グレゴリーがささやいた、「もし これが おんがくと いうものなら、ジェラルディン、おまえの いうとおりだ。あの チーズを たべる わけには いかない。」

    おんがくをきいたことがなかったねずみのジェラルディンは、ある日、台所でとても大きなチーズを見つけます。チーズをかじっていくと、中からチーズのねずみの像が現れて、夜になるとしっぽをフルートにして、ジェラルディンに演奏を聴かせました。
    「おんがくだ!」「これこそ おんがくにちがいない!」ついにジェラルディンは、おんがくと出会ったのです。

  4. 第二部・Let’s クラシック♪

    1. Ⅰ.べートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第5番『春』」 『船に乗れ!』(1)(3) 藤谷治

    2. Ⅱ.ヴィヴァルディ「ヴァイオリン協奏曲『四季』」 『ピエタ』 大島真寿美

    3. 『おわらない音楽』表紙

      Ⅲ.武満徹「ノヴェンバー・ステップス」 『おわらない音楽』 小澤征爾

      だいたい指揮者という商売は、自分一人ではどんな音だって出せない。演奏家や歌い手がいて初めて音楽が生まれる。宿命的に人の力がいるのだ。
      どんな人たちに支えられてきたか。その恩人たちを紹介するのが僕の「履歴書」なのかもしれない。それには生まれた時のことから順に追っていくのが良さそうだ。

      昔を振り返らず、次の演奏会のことだけを考えてきた「世界のオザワ」。斎藤秀雄、バーンスタイン、カラヤンら恩師との思い出をはじめ、家族への思いや音楽への情熱を余すところなく語った一冊。マエストロの疾風怒濤の半生に耳を澄ましてみましょう。

  5. 第三部・Rock‘n’ Roll Star

    1. 『階段途中のビッグ・ノイズ』表紙

      Ⅰ.Green Day「Basket case」 『階段途中のビッグ・ノイズ』 越谷オサム

      俺いま、ほんとに楽しいよ。あのとき大野が階段の下で足を止めてくれなかったら、俺、今日はどこで何してたんだろう。
      (中略)
      全部、今日のためだ。いまこの瞬間のためだ。
      啓人はこれまでの日々で培ってきたありったけを、マイクとギターにぶつけた。

      県立大宮本田高校の軽音楽部は、部員が不祥事で退学処分となり廃部の危機に立たされていた。唯一残った部員の啓人も部の存続を諦めていた時、幽霊部員の伸太郎が現れ、校長に直談判した結果、条件付きで部の存続を認めさせることに成功。条件の一つが、半年以内に何らかの成果をあげること。さて、文化祭での一発ドカン!は叶うのか?

    2. Ⅱ.Red Hot Chili Peppers「Dani California」 『フジロック20thアニバーサリー・ブック』

美術展

  1. オープニング

    『ルーヴル美術館の舞台裏』表紙

    レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」 『ルーヴル美術館の舞台裏』

    「ここはパリの中で、一番おしゃべりできる場所である。暖房が入っていて、退屈せずに人を待つことができる。それに、女性にとっては格好の逢引きの場所である」

    (シャルル・ボードレール)

       

    シャルル・ボードレールはフランスの詩人

    “城塞”として建てられたルーヴルは、どのような経緯で“美術館”となったのか?「モナ・リザ」をはじめとする名画たちは、なぜルーヴルに所蔵されているのか?ルーヴルを知れば、きっとルーヴルに行きたくなる!
    「ルーヴルへの招待」と銘打たれたこの一冊は、ひいては「美術への招待」と言えそうです。

  2. 第一部・日本画を読む

    1. Ⅰ.長谷川等伯「松林図屏風」 『等伯』上  安部龍太郎

    2. 『眩(くらら)』表紙

      Ⅱ.葛飾応為「吉原格子先之図」 『眩(くらら)』 朝井まかて

      さてあたしは、いくつまで生きるのか。
      あと十年、いや五年あればと願った親父どのの気持ちが今、心底わかるような気がした。
      一筆二筆のうちに、筆外の意が現れる。それはある時、ふと得られるものだ。でもすぐに逃げて見失う。その繰り返しこそが画業だ。

      偉大過ぎる父・葛飾北斎、兄弟子・渓斎英泉への叶わぬ恋、北斎の名を利用し悪事を重ねる甥。人生にまつわる面倒事も、ひとたび筆を握れば全て消え去る。北斎の右腕として、風景画から春画までをこなす一方、自分だけの光と色を追い続けた女絵師・応為の生涯を描く作品。2017年にはNHKでドラマ化されている。

    3. Ⅲ.長沢芦雪「白象黒牛図屏風」 『ごんたくれ』 西條奈加

  3. 休憩

    モンドリアン「コンポジション」(作品名は書かれていませんが、「コンポジション」らしき作品が登場します) 『うさこちゃん びじゅつかんへいく』 ディック ブルーナ

    あるひ おかあさんが いいました。いいこと かんがえたわ。びじゅつかんへ いこうと おもうの。いっしょに いきたいひと いる?

    うさこちゃんが、お父さん、お母さんと、三人ではじめて美術館へ行くお話です。本物そっくりのリンゴの絵を観たり、うさこちゃんにそっくりな青いうさぎの彫刻を見たりして、うさこちゃんは大満足で帰りました。そして、思いました。大きくなったら画家になるの!

  4. 第二部・洋画を読む

    1. 『暗幕のゲルニカ』表紙

      Ⅰ.ピカソ「ゲルニカ」 『暗幕のゲルニカ』 原田マハ

      ――芸術をなんであると、君は思っているのだ?
      画面の中からピカソの声がした。
      芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。
      私は闘う。断固、闘う。この世界から戦争がなくなるその日まで。戦争そのものと。

      反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画「ゲルニカ」。国連本部に飾られていたこの名画のタペストリーが2003年のある日、突然姿を消した――。MoMAのキュレーター八神瑤子は、ピカソの名画を巡る陰謀に巻き込まれていく。
      故国・スペイン内戦下に想像した「ゲルニカ」に、画家は何を託したのか?

    2. Ⅱ.ゴーギャン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」 『月と六ペンス』 サマセット・モーム

    3. Ⅲ.ゴッホ「赤いブドウ畑」 『ファン・ゴッホの手紙』

  5. 第三部・「美」を支える

    1. 『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん』表紙

      Ⅰ.モネ「睡蓮」 『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん』 岩井希久子

      私は世界一、絵にやさしい修復をしたいと思っています。世界で通用するような技術で、「これはキクコがやった修復だ」、と言われるような修復ができるようになりたい。作家の魂を未来に残すために、作家の思いによりそい、作家の意図したことを伝え、作品にとって最善の状態を保つ修復をしたいと思っています。

      NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」にも登場した絵画修復家・岩井希久子さん。モネやピカソの作品やディズニーのセル画など、実際に修復に携わった数多くの作品のエピソードを交えつつ、絵画修復の現場を紹介してくれる一冊です。
      岩井さんの仕事への情熱と使命感に心打たれます。

    2. Ⅱ.ルドン「眼をとじて」 『ミュージアムの女』 宇佐江みつこ

「津島」を描いた画家 杉本健吉

「杉本健吉」という名前を聞いたことはありますか?名鉄電車に乗っている時に「杉本美術館」の中吊り広告を目にして、名前だけは知っているという方も多いかと思います。杉本健吉は、津島第一尋常小学校(現在の津島市立南小学校)を卒業した津島市に縁の深い画家です。
今回「図書館文化祭」のオマケとして、“「津島」を描いた画家・杉本健吉” について紹介したいと思います。

一、杉本健吉を知る。

さて、今から3つの画像をお見せします。

「青柳ういろう」ロゴマーク

「青柳ういろう」ロゴマーク

「名古屋市営地下鉄」シンボルマーク

「名古屋市営地下鉄」シンボルマーク

「名鉄タクシー」の車両

「名鉄タクシー」の車両

3つとも、この地域に住む人であれば見たことのあるものばかりだと思います。
実は、これらは全て杉本健吉がデザインしたもの。杉本健吉は画家としてだけでなく、現代風にいえばグラフィック・デザイナーとしても多くの作品を残しています。

もちろん、画家としても多くの作品を残しています。奈良を舞台に多くの作品を描いたことから「奈良の杉本」と呼ばれており、33年にわたって東大寺の絵馬を描いたことでも知られています。
他に、1950年から「週刊朝日」に連載された吉川英治作『新・平家物語』で挿絵を担当。『新・平家物語』は戦後を代表するベストセラー小説で、1972年にはNHK大河ドラマの原作にもなっています。

二、津島で育つ。

杉本健吉は、1905(明治38)年に名古屋市矢場町で生まれました。父は人形浄瑠璃三味線師匠の杉本銀四郎。
1912(大正元)年に四日市第一尋常小学校へ入学したものの、父の転居に伴い名古屋、大垣、笹島と転校を重ね、1918(大正7)年に津島第一尋常小学校(現在の津島市立南小学校)を卒業しています。

杉本健吉の才能は小学生の頃から発揮されていて、しばしば学校の代表に選ばれていました。
小学校時代に知人からニュートン社の絵の具4本を貰い、その絵の具で描いた作品が現在も杉本美術館に所蔵されています。

津島第一尋常小学校杉本健吉が通った津島第一尋常小学校

そのひとつが「津島千本松原」。
ハガキの1.5倍ほどの小さなサイズの風景作品ですが、油絵の特質である色を何層も重ねる画法が用いられていて、小学生の手によるものとは思えない出来栄えです。

「津島千本松原」
「津島千本松原」1917年 油絵・板【提供:杉本美術館】

天王川公園などで写生をしている折に、やはり津島出身で東京美術学校(現・東京芸術大学)を卒業した洋画家・加藤静児氏に、よく出会ったそうです。
加藤氏については、杉本健吉が進路を相談したところ「絵では食べていけないから絵は趣味にして、職業としては図案家の勉強をしなさい」とすすめられ、愛知県立工業学校図案科に進学した、という話が残っています。

三、津島を描く。

1928(昭和3)年、23才の杉本健吉は津島町公会堂で初個展を開催します。
人生はじめての個展の会場が津島であったことに、杉本健吉と津島の縁を感じますね。

その後も、杉本健吉は天王祭、津島神社、天王川公園などを題材に多くの作品を描いています。
皆さんにもお馴染みの津島の風景を、杉本健吉がどのように描いているのか、覗いてみましょう。

津島町公会堂 外観

初個展を開催した津島町公会堂

「津島神社社頭」
「津島神社社頭」製作年不詳 油絵・板

「津島池須大銀杏と加藤写真館」
「津島池須大銀杏と加藤写真館」1916年 油絵・板

「津島天王祭」
「津島天王祭」1961年 油絵・キャンバス

【提供:杉本美術館】

四、津島へ還る。

2000(平成12)年11月3日、津島市立図書館の開館記念事業として、母校・南小学校の体育館でトークショーを開催。市民ら約500人を前に、「私の津島」と題して小島廣次さんとの対談を披露しました。
杉本健吉、御年95才の声に耳を傾けてみましょう。

話題の中心となるのは、やはり小学生時代の思い出

まず、小学校当時の恩師・羽柴時太郎先生について。
「羽柴時太郎先生がいなかったら、私は絵描きにはなっていない。」と話しています。

続いて話題になったのが、小学生時代に描いた絵について。卒業記念の水彩画と久しぶりに対面して、こう語っています。

うまいねぇ。昔よく張り出しをされて、それが嬉しくてね。子どもの時に張り出しをしてくれるのはねぇ、いいものだよ。だから褒めなきゃだめだよ。

また、津島をモチーフとした作品を多く描いていることについて。

津島を第二の故郷として大事にしていたねぇ。津島へはリュックを背負って、イーゼルを首から下げてよく出掛けたもんだよ。

杉本健吉の津島への想いが伝わってきますね。

杉本健吉画伯の本は、「ふじいろ文庫」のコーナーにあります。是非併せてご覧ください。

津島市立図書館開館記念式典での杉本氏
津島市立図書館開館記念式典での杉本氏
津島市立図書館開館記念式典での杉本氏